レアドロップ【メイド】を装備したらメイドになりました。いつでも外せるしいいことがいっぱいあるので、しばらく装備したままでいようと思います。
稲荷竜
第1話
モンスターを倒したところ、【メイド】をドロップした。
どうやら装備品らしい。
私は【メイド】を街に持ち帰るとこれを鑑定に出し、呪いがかかっていないことを確かめた上で身につけた。
するとどうだろう、私の肉体はみるみるメイドとしてのステータス補正がなされていき、今までにない一段高いランクに精神が置かれたような、そんな気持ちになった。
私の変わりように目を剥く鑑定士に礼を述べて宿舎に帰った私は、ドアを開けて自室をながめて固まった。
ひどい荒れようだったのだ。
いや、泥棒が入ったとか、そういう話ではない。
いつも通りだ。男の一人暮らしそのまま、冒険者という『仕事が終われば疲れて眠るしかない日雇い労働者』の多くがそうであるように、私の部屋は荒れていた。
普段であればこのまま体も清めずベッドに横たわるのだが、今の私はどうにもこの惨状に耐えられそうもない。
ドアを開けたままきびすを返し、宿舎一階にある冒険者ギルドへと出向く。
そこで掃除用具を借りた私は、すぐさま部屋の掃除を開始した。
掃除などとできればやりたくもないと思っていた昨日までの私はどこへやら、荷物をどかし床や壁を磨いていくにつれ、えもいわれぬ快感が背筋を駆け上るのを感じる。
これが【メイド】ということなのだろう――そんな実感を抱きながら夜を徹して掃除をしたところ、部屋は今の私の感性で満足いくぐらいに片付いた。
「こりゃすごい。どこのお大尽をお招きするつもりだい?」
気になって様子を見に来たギルド受付がそんなふうに言うもので、ついつい私は得意げになり、「メイドとして、どのようなお方に見せても恥ずかしくないよう、部屋を管理しているだけです」と告げた。
これがほとんど意識せずに口をついて出た言葉だったもので、私はちょっと危機感を覚える。
だがまあ、「さすがメイドだね」と言われると気持ちのいいもので、今のところ実害があるわけでもなく、また、【メイド】はいつでも外せる装備であるし、取り立てて【メイド】を外す必要性はないと判断した。
そんなことより喫緊のことがあって、それは、先ほどから感じている空腹だった。
昨日は仕事から帰るなりすぐさま不眠不休で掃除をしてしまったがために、睡眠もとっておらず、食事もとっていない。
私は戸棚にしまってある携帯食を取り出すと、それをかじった。
つい、眉をひそめてしまう。
これはいつも私が食べている携帯食だ。
小麦を練って焼いたもので、水気に気をつけて油紙にでも包んでおけばだいぶ長持ちするし、腹もふくれるし、なにより安いしで、たいてい私はこれで食事を済ませている。
ところが【メイド】を装備した私の感性において、これは『餌』であり『食事』ではないのだった。
温かく栄養のあるものをとらなければならない。
私を動かすのはメイドとしての使命感だ。
服のホコリを払うと市場へ向かう。
とうとう昼間となってしまった街の市場は混み合っていて、そこには親子連れやら食事関係の仕事をしている者やらがいて、なんとも騒がしい。
普段の私であればこういった『明るい感じ』のある人混みはよほど注意して避けているところなのだが、今の私はなにせメイドなので、人混みの隙間を縫うようにすいすい進んでいき、五感を用いて食材取扱店に目をつけ、安く、良い食材を選んで購入した。
野菜だの肉だのは栄養はあるのだろうが、なにせ携帯食よりコストパフォーマンスが悪く感じてしまい、普段であればまず買おうとは思わない。
ところがメイドとなった私は食材を買うのにためらいがなかった。
酒を飲むために貯めていた貯金を切り崩して野菜やら肉やらを購入すると、優雅に、なおかつ素早い動作で市場のあるあたりを抜け、宿舎に帰る。
ギルド兼宿舎の一階には食堂があり、そこの調理スペースは上階に部屋を借りている者ならば自由に使っていいこととなっていた。
これまでの私は夜中にチーズでもくすねるために入るばかりで、ここを本来の用途で利用しようという発想さえなかったのだが、今日は調理場を見渡してできる作業を把握すると、勝手知ったる場所であるかのような、よどみない動作で調理を開始した。
さて、なにごともそうであるように、ある一定のレベルに達した動きというのは、華美な装飾がなくとも美しさをおびるものだ。
メイドとなった私の調理姿は、そういった機能的な美に満ちていた。
これは私があくまでも【メイド】を装備している身であるからこその客観的視点であろう。
私は、自分自身で動きながら、自身の動きに見惚れた。
目の前で手際よく様々な料理が作り上げられていく光景は手品のようでさえあったし、その素早さと完成度は、みょうな笑いがこぼれてしまうほどに素晴らしいものであった。
私自身すら見惚れるその動きは、どうやら冒険者ギルドの食堂を利用するあらくれどもさえ魅了したらしい。
気付けばギャラリーが私の調理をのぞきこんでいて、私は彼らをつとめて気にしないふうに調理を続け、しかし、すべての工程が――もちろん後片付けまで――終わると、楚々とした動作で一礼した。
するとどうだろう、喝采が上がり、私はえもいわれぬ快感を覚えるのだ。
メイドは気持ちいい。
私の人生は冒険者として平凡なものであった。
それはつまり、人としては平均よりやや下であった、とも言える。なにせ冒険者は危険できつい日雇い労働者だ。
明日をもしれぬこんなことに従事するというのは、とりもなおさず、そうするしかなかった、という背景がある。
家庭環境や職場環境など様々な理由があろうが、私の場合は才覚の不足により冒険者となるしかなかったタイプで、ようするに私には他者から称賛される経験が圧倒的に不足していた。
それが【メイド】を装備したところ、調理をするだけで喝采をあびるのだ。
この誘惑を振り切って【メイド】をはずすほどの理由が、私には捻出できなかった。
私は【メイド】とともに生きることにした。
それからの人生は満足いくものだった。
世界一にはなれないけれど、掃除、家事、洗濯とメイドにできることは数多い。必ずやどこかで役割が見つかり、それをメイドなりにこなすと決まって感謝された。
また、メイドなので暗殺技術もあり、これは冒険者業において私の大きな助けとなった。
私の作る携帯食料がうまいのもあり、私を伴いたい者もたいそう増えた。
メイドとなった私は鉄爪を武器とした。
これは刃が両手合わせて六つあり、魔物への殺傷能力も剣と単純比較で六倍だ。しかも包丁の代わりにもなり、壁を登攀することもできる。
メイドとしての役割に必要なことがこの爪ならばだいたいできる優れものだった。
私はメイドとして生き、メイドとして死ぬことにした。
後年、年老いた鑑定士と話したことがある。
「お前さんは、【メイド】を身につけてから雰囲気が柔らかくなったね」
なるほど。思えば【メイド】を装備する以前の私はいつもなにかに追い詰められているようで、余裕がなかった。
その余裕のなさが雰囲気や表情を厳しくし、他者にいらぬ威圧感を与えていたのかもしれない。
しかしメイドというのはピリピリしているわけにもいかない。
なぜならメイドがピリピリしていたらご主人様に心労を与えてしまうからだ。メイドというのは一人で生きるものではないので、メイドとなったからには自然と場の雰囲気を悪くしない立ち回りをするようになった、ということだろう。
そういえば私は、ふと気付いたことがあった。
私はメイドだが、ご主人様がいない。
誰かに仕えたいなどと思ったことのなかった私だからだろう、メイドなのにご主人様がいないという、この矛盾にこれまで気付かなかったのだ。
「ご主人様を探して旅にでも出ようかと思う」
ほとんど思いつきで放った言葉ではあったが、昔馴染みの鑑定士は「いいんじゃないか」と同意してくれた。
思えば私が【メイド】を装備してからかれこれ三十年が経っている。
私はメイドなので若いままだが、鑑定士はそろそろ老境にあり、遠からず棺桶を寝床とするだろう。
思えば冒険者ギルドの顔ぶれもだいぶ変わった。
そろそろご主人様を求めて旅立つという思いつきは、なるほど、考えてみればいいタイミングかなと思えるものだった。
その日のうちに荷物をまとめて、宿舎を引き払うことにした。
長い付き合いのギルド長にあいさつをすれば、「寂しくなるな」と言いながらも私の意思を尊重してくれた。
思えば【メイド】を拾う前の私の人生は、別れを他者に惜しまれることなど、想像さえできないものであった。
孤独に生きて孤独に死んでいくのだろうという人生は、あの日、【メイド】を身につけてから変わったのだ。
メイドは私のすべてを救ってくれた。
そうして余裕ができたからこそ、このメイドという力で、誰かの助けになりたいと望むことができるようになったのだろう。
私はメイドとして永遠の時を生きよう。
ご主人様を求めて旅を始める。
私は今年で百歳になる。メイドなので若々しく、そして永遠にご主人様を求め続ける。
レアドロップ【メイド】を装備したらメイドになりました。いつでも外せるしいいことがいっぱいあるので、しばらく装備したままでいようと思います。 稲荷竜 @Ryu_Inari
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