第11話1-10
「さて、1日休憩したから、大丈夫ね」
「おっしゃ、登ってやるぜ!」
ジュンは意気揚々と森の中を歩きました。厳しい修行を終えた彼にはもう障害がない気分でした。何も怖いものがないほど気持ちが大きくなりました。
大きなクマが現れました。
「あの時のクマより大きいな」
「あの時って、ジュンがやられそうになったとき?」
「そうだ。しかし、あの時とは違うぜ」
クマがなぎ払うように大きな手をジュンに伸ばしました。
ジュンは血のハーケンを飛ばしてクマを倒しました。
「よーし、この調子で登るぜ!」
雲1つ無い晴天になっていました。
大樹が目の前に広がっていました。地面の切れ目から下を覗くと、空のような無限の空間の青の中を果てしなく緑の大樹が続いていました。合わせ鏡みたいに見え、どちらが上か下かが分からない景色でした。
「ここが大樹よ。どう? 感想は?」
「……わからない」
ジュンはダインの十八番のようなそっけない態度をとりました。ダインは同族嫌悪みたいな気持ちになりました。少しムッとします。
「何よ、その感想は」
「わからないものはわからないんだ。もっと嬉しいとか恐ろしいとか拍子抜けするだとかあると思ったのに、何もないし感じない。強いて言うのなら、ついに来たと思うだけだ」
ジュンは目の前の景色を見入っていました。今の彼には感情も理性もなく、その空間に一体化している状態でした。
「――へぇ。意外と大人ね」
「馬鹿にしているの?」
「いいえ。今のあなたとなら登樹してもいいかなぁと思っただけよ」
ダインは微笑みます。
「急がなくていいわよ。確実に登りなさい」
ジュンの上からダインの声が響きました。空気だけでなく大樹にも響いて伝わってくる感覚でした。返事します。
「そうは言っても、ダインの足でまといは嫌だ。早く行くよ」
「それで落ちたほうが足でまといよ。ほら、さっさとゆっくり登る」
「さっさとゆっくり、って矛盾していないか、その言い方?別にいいけど」
登っている2人の耳元に空を裂くような音が響きます。見上げると大きな鳥が上から近づいてきます。その大きさは、2人を合わせた大きさを優に超えていました。
「あらあら、来ちゃったわね」
「こんな大きな鳥がいたのですか。乗せてもらったら楽そうですね」
「そんな悠長なことを言っている間に……」
「言っている間に?」
「食べられるわよ」
鳥は鋭いくちばしでジュンを襲います。
「うわっとー!」
避けることで精一杯になったジュンは下に落ちていき、血のハーケンを生成して木に刺し込んで何とか手で踏みとどまりました。先程までジュンがいたところをその鳥がくちばしでえぐっていました。冷や汗をかくジュンに向かって鋭い目を光らせていました。
「止まっている暇ないわよー。動きなさい動きなさい」
するりと避けたダインの声がする上空から鳥が再び急降下してきました。
「ちょちょちょ!」
ジュンは横に血のハーケンとロープで移動して、何とか避けました。しかし、鳥は弧を描いて戻ってきます。それを見て再び焦るジュン。
「なんだよ、これ?」
「ただの鳥よ。少し大きいけど」
「少しではないだろ、だいぶ大きいぞ!」
「この程度で困っていたらやっていけないわよ」
ダインはジュンの血のハーケンやロープと同じものを出していました。しかし、赤色ではなく透明であり、似て非なるものでした。そして、それで向かってくる鳥を背後から串刺しにしてそのまま大樹に突きつけました。
「それは、僕のと同じ能力?」
「そうね。私のは血ではなく大樹から借りた水分がほとんどだけど」
「ちょっと待って、僕のを見た時に珍しそうな反応していたじゃないか?」
「珍しいけどないことはないわ。それに熟練者ではなくあの修業中にする人は珍しいわ。あと、自分の血でするバカは本当に珍しいわ。普通は木とかの水分か、自分の水分だとしても汗とか尿であり、血を使うバカはいないわ」
「2回も馬鹿と言ったよ、この人!」
「それよりも、休憩しましょうか。食べ物も手に入ったし」
ダインが大樹から共鳴した水で床を作り、その上で2人は焼き鳥を食べていました。ガラス張りの床みたいで下が透けて見えることがジュンの肝を冷やします。そんなジュンには鳥を焼く炎が身にしみて暖かく感じます。
「今更だけど、火を出すことが出来るのすごいね、ダイン」
「そうよ。すごいでしょ」
「――そこは謙遜するところでは?」
ジュンは少し呆れながら焼き鳥を頬張りました。
「これは水の共鳴の応用よ。水の成分の中には燃えやすい成分があって、それだけを取り出して衝撃を与えたら……」
ダインは指パッチンをすると、持っている鶏肉が燃えました。
「……火を出すことができる」
そう言いながらダインはなに食わぬ顔で焼き鳥を食べ始めました。ジュンはこの少女の人間性にはあまり敬うことはありませんが、能力の高さは尊敬しています。
「かっこいい! 僕もできるようになりたい」
「相当修業しないと。すぐにはできないよ」
急に曇りました。ジュンたちは見上げました。そこにあるものは少しずつ大きくなり、しまいにはとてつもなく大きなものとなり落ちてきました。
――1つの街ほどの大きさの葉っぱでした。
「なっ、何だ!?」
「大樹にしがみついて! 早く!」
大地震のような衝撃がジュンたちを襲いました。ジュンは神様に祈りながら大樹にしがみついていました。それに覆いかぶさるようにダインも大樹にしがみついていました。
その時、ジュンが一瞬だけその落ちていく巨大な葉を見たときに、同じくらいの男の子と目が合いました。その子は感情のない大きな目をジュンに向けたまま落ちていきました。
揺れが収まりました。
「どうやら、助かったみたいね」
「ねぇ、ダイン、さっきのは?」
「上の方にあった葉が落ちてきたのよ。この大樹の葉だから大きいわ」
「さっき、一瞬だけあの葉っぱを見たけど、僕と同じくらいの男の子がいたよ」
「そう。その子は残念ね。死んでいるわ」
「なんであの子はあそこにいたの? どうしてあの葉っぱは落ちたの? というか、どういうこと、何が起きたの?」
ジュンは混乱しながら矢継ぎ早に質問しました。ダインは冷静にゆっくりと返答しました。その最中、近づきすぎた距離をとります。
「――その子はおそらく一般人ね。普通に町で普通に暮らしていて、普通に落ちていったのよ。あの葉がなぜ落ちたのかはわからないわ。寿命なのか事故なのか誰かが意図的に落としたのか、可能性はいくらでもあるわ。その子が暮らしていた町がある葉が落ちたから一緒に落ちたのね。可愛そうだけどありえることよ」
「葉っぱの上にある町なんかあるのか?」
「何を言っているのよ? あなたの街も葉の上にあったのよ。あなた、私がどこから来たと思っていたのよ? あなたがいた葉より下の葉から登ってきたのよ」
ジュンは大樹から眺めた光景を思い出しました。たしかに上にも下にも大樹が繋がり、自分がいた地面はその大樹の横から生えていました。自分がいた世界のことを今頃になって客観視しました。
「僕の町も葉っぱの上にあったの?」
「そうよ。あと、『葉っぱ』ではなく『葉』と私たちは読んでいるわ」
「たち、ってほかに誰かいるのか?」
「あなたの町では違うらしいけど、私の住んでいたところではこの大樹に登ることが推奨されていたのよ。だから、この大樹について学んだし、そこでは葉と学んだわ」
初めてダインの身の上を聞きました。大樹の知識よりも、ダインの知識を得たい衝動になりました。それはジュンにとってとても興味深いことであり、深く訊こうとしました。
「そこではどんなことを学んだんだ?」
「それがね、ほとんど学ぶことがなかったのよ。なぜなら、この大樹をきちんと登れる人がほとんどいなかったからよ。前にも言ったけど、ほとんどの人が登る前の修行の段階でリタイアし、登樹する人もほとんどがリタイアしてしまう。仮に登樹出来る人がいたとしても、戻ってくる人はほとんどいないわ」
「どうして戻ってこないんだ?」
「知らないわよ。その人に聞いて。私の場合は、上に何があるのか気になって戻る気がないだけよ。ほかの人もそうかもしれないし、違うかも知れないわ」
「少しはお世話になったところに還元したい気持ちはないのですか?」
「ないわ、全く。逆に聞くけど、あなたは自分の町に戻る気はあるの?」
逆に質問されました。ジュンは自分のことを話すのは好きではない性分でした。それでも離さないと対等ではないのです。
「……今のところはないかな」
「それと同じよ。わかりやすいでしょ?」
「そう言われたらそうだけど、うーん」
会話している最中、再び大樹が揺れました。2人は会話を中断して上を見ましたが、何もありませんでした。しかしダインに指さされて見下ろすと、大樹の下からビックウェーブのように砂が押し寄せてきました。
「今度は避けられないわ。頑張って何とかしてね」
「そんなー!」
その後も色々と厳しい出来事が起こりましたが……
「ジュン、上を見るのよ、上を!」
「あれは?」
遠くに小さい物が見えました。ボロボロに息絶えかけているジュンはかすれた目で残像のようにボヤけたそれを目に入れました。ダインは脳に直接入れ込むような澄んだ声でハッパをかけました。
「葉よ。もう一息で着くわ、頑張って」
大樹を登る徒 すけだい @sukedai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。大樹を登る徒の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます