ガスストーブと図書室


 今日の授業が一通り終わって放課後を迎えた、ある冬の日の図書室。

 教室に入ってパッと見える本は、少し日焼けをしていて長い時間そこにいたということを感じる分厚い辞書、今売れているもしくは話題になっている、最近仕入れたであろう本が置いてある新刊コーナー。

 教室の真ん中あたりには、大きくて分厚い木で作られている大きな机と重い椅子が何セットか並んでいる。

 この学校の図書室の床は、一面が絨毯のような柔らかい素材でできていて、この濃い紫色の色合いが木でできた机や椅子、本棚と相まって閉鎖的ながらもどこか柔らかさを感じられる。

 ここは何をするにも居心地がよくてとても好きだ。

 例えば読書をするにしても、周りの音に集中力を邪魔されることもない。

 かといって、何一つ物音がしないのかというとそういうことでもなくて、夏の晴れている日には窓の外から野球部やらサッカー部の掛け声や笛の音がかすかに聞こえてきたり、昇降口でたむろして話している人たちの声が、夏の匂いとともに生ぬるい風に乗って運ばれてくる。

 雨の日にはコッコッと小気味よいリズムで窓を叩く雨粒のBGMと、薄暗い空の程よい明るさが好きだ。

 今日なんかで言うと、外を見れば時間の流れが遅くなったのかと錯覚するぐらいゆっくり落ちてくる雪が見えるし、部屋が寒くならないように点けられたガスストーブの暖かさと匂いと、数えきれないほど置いてある本の匂いが充満していて、人を待っているのを忘れてしまうぐらいの眠気が襲ってきて……うつらうつらと首を揺らして、瞼が重くなってきて……。




「……い、おーい、おきろー」

 耳元で小さく囁く声が聞こえる。

 その優しい声とともに、生温かい息が耳にかかるのを感じて、恥ずかしくすぐったい気持ちに襲われる。

「あ、起きた」

「……遅い」

「えぇーそう? そんなに時間かかってないと思うけど」

 そんなことを得意げな顔で言うもんだから、仕方なくスマホの電源をつける。

 ……すると、そこに表示されている時間は、先程から十分ぐらいしかたってなかった。

「ほらね」

「うっさい! 行くよ」

「ははっ、へいへい」

 早歩きをしていると理解しながらも、後ろからリノリウムの床を歩く音が聞こえてくることに安心感を覚えている、ということは誰にも言えない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君を待つ、僕も待つ。 不透明 白 @iie_sou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ