第4話
まず、ふわっとレモンみたいな匂いがして、これが
右にトイレと洗面所が一緒になったユニットバスがあって、左にはドアに隠れる
「さあ、私の胸でドンと泣いちゃって!」
「あ、ごめん。涙引っ込んじゃった」
ふんすっ、という顔で、両腕を広げる柴だったが、他人の家初体験のおかげで、こみ上げてきたものがどっかに行ってしまった。
「ありゃあ。――いや、良い事だけどねっ!」
芸人みたいにこけそうになった柴は、ハッとした顔でそう付け加えて踏みとどまった。
まあ、そのくらいでスッキリする程度のものだった、って事かもしれない。
「……にしても、柴って、親に愛されてんだな」
「どしたの、
「いや私なんかさ――」
私は小首を
私の幼少期からの苦労を、知ったように同情して
私にとって、それが一番望んでいる反応なのを分かってるみたいだった。
その後に、私の親の話をし終わったところで、
「大上さんのお母さん、多分すっごく大上さんの事心配してると思うよ。全部1人で出来ちゃうから、どうして良いか分からないのかも」
ウチのお父さんも、なんかそんな感じでぶきっちょだし、と、柴は少し苦笑い気味にそう言ってきた。
「そんなもんな――。あ、ごめん。なんかメッセージ来た」
「見て良いよー。大上さんのお母さんじゃない?」
「……ホントに母さんだ」
アプリを開いて確認してみると、柴の言っていた通り母さんで、文章が
「なあ柴。母さんが車で来てくれるっていうんだけど、ここの場所言って良いか?」
「全然良いよー。ご挨拶も済ませちゃいたいし」
「お前は私の婚約者か」
「それでもいいよー。胃袋は
「……否定はできないな」
親指を立てて、にやり、とする柴を見て、私は力が抜けた笑顔を浮かべた。
30分ぐらいしてから、母さんから来たという連絡が入って、柴と一緒に下へ降りた。
「あなたが娘を助けてくれた子?」
道路に背が高い銀色の軽バンが横付けされていて、運転席の窓を開けて母さんが柴に訊ねる。
「はいはいー、柴です。初めましてー」
表情があんまり豊かじゃない仏頂面な母さんに、柴は全然気後れする事無く挨拶する。
「柴さんね。音々子、お友達、って事で良い?」
「まあ、そんな感じだと思う」
「親友です!」
「まだそこまで行ってないだろ」
「えー」
ショボーンの顔をする柴に、じゃあ明日な、と言って助手席に乗ると、母さんが柴へ顔の高さで手を小さく振ってから窓を閉めた。
一通の路地から、幹線道路に左折で合流して見えなくなるまで、柴は助手席の私へ手を振っていた。
「……その、大丈夫だった?
自動車専用道に乗って家へと向かっていると、急に母さんが話しかけてきた。
「別に、まあ。柴が助けてくれたし……」
「それなら良いけど……。ああ、貧血になったんだって?」
「おう、まあ」
「ほったらかしにしてたの、悪かったね。何とかしてあげたいんだけど……」
柴の言うとおり、確かに母さんは不器用ながら、私の事をめちゃくちゃ心配してくれていた。
「いいよ。仕事大変なの分かってるから」
「そう。ごめんね、こんな母親で」
「こんなとか言うな。まだマシな方だろ。母さんは」
「そう……、ありがとう」
「お、おう……」
割と久々にちゃんと話した気がするけど、親子の会話ってこんなに緊張するもんだっけ。
母さんもそんな感じみたいで、いつもより表情が硬い気がする。
「柴さん、面白い子だね」
「まあ、良いヤツではあるよ。ちょっとお節介焼きが過ぎるけど」
「音々子がそう言うの初めて聞いた。やっと友達になれそう?」
「アイツの出方次第だよ」
「素直じゃない子だね」
「母さんには言われたくない」
お互いまあ、感情を出すのは苦手な部類だけど、このときは間違いなくはっきりと笑えたと断言できる。
*
次の日。
「なわけで、鉄分が
「おお」
昼休憩の時間に昨日と同じ感じでやって来た柴は、
「吸収に良いらしいから、デザートにオレンジもあるよ」
「わざわざサンキュ」
「いいって。仕送り多すぎて、ほんのちょっと腐らせてたりしたし」
「そんだけ食ってそれって、お前の親どんなだよ」
「娘可愛さ爆発! って感じだからー」
量考えてって言ってるんだけど、と言う柴は、少し困ったように笑っていた。
ちなみに柴は昨日のタッパーに、私の量の3倍ぐらい入れて、それをもりもり食っている。
「せっかく稲荷寿司作ってくれたけど、母さんがおにぎり作ってくれたんだよ」
「そうなの! 良かったね! あ、お稲荷さんは代わりに食べるよ!」
「1個残してくれよ」
「はいはい」
ラップに包まれている、昔、いつも母さんが作っていたのと同じ、薄味で
お節介わんことさみしがり狼さん 赤魂緋鯉 @Red_Soul031
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