子供達の笑顔
不穏な前振りをいただいたサクは、休憩がてらに訪れた喫茶店から離れ、もう一度視察を再開した。
視察の中で民に騒がれても困ってしまうため、民に寄せたラフな格好をしているソフィアは真面目な表情でセレスタの街を見て歩く。
時折、カーミラにあれは何か、次はどこに行けばいいなど、熱心に問うことを恥ずかしがる様子もなく尋ねていく。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥とはよく言うが、ソフィアは正にそのことわざを体現しているかのよう。
それが分かっているからなのか、カーミラは聞かれたことには全て答え、嫌な素振り一つ見せなかった。
「ねぇ、カーミラ? 次はどこに行けばいい? できれば、今度は大人達じゃなくて子供の様子も見たいんだよ」
「そのご理由は?」
「大人は見栄を張る時がある。それは日常でも同じ、生活を包み隠していないのは子供だけ。大人の様子も大事だけど、次に見るのは包み隠していない子供達にしたい」
「承知いたしました。そうですね……では、次は孤児院に行ってみましょう。あそこであれば、子供達の様子が見れるかと」
「うん、ありがとうカーミラ。じゃあ、次はそこに案内して」
そう言って、カーミラは迷う様子なく歩き出し、その後ろをソフィアがついて行く。更にその後ろを、サクとアイラが歩いていった。
「何度見ても思いますけど、ソフィアって公務の時のオンオフが凄いですよね。さっきの喫茶店の時とはまるで態度もオーラも違います」
サクの隣を歩くアイラが感嘆とした声を漏らした。
確かに先程アイラと談笑し、ケーキを食べさせあった時のソフィアのテンションは見られない。
常に真剣で、年相応の笑顔と無邪気な姿は消えている。何なら、平民とそれほど姿格好が変わらないにもかかわらず、どこか威厳さえ感じてしまう。
「ソフィアは曲がりなりにも王女だ。公私混同はしないしするつもりもないんだろうさ」
「……少しだけ、ソフィアを尊敬しました」
「お前も随分ソフィアと仲良くなったよな? 初めて会った時はあんなにガッチガチだったのに……いや、俺としてはそれが嬉しいんだけども」
「初めて会った時は今のモードのソフィアしか知りませんでしたからね。流石に、あんな無邪気な時のソフィアと接すれば自然と仲良くなってしまいます」
「……そんなもんか」
「そんなものです」
どうして自然と仲良くなれるのか分からなかったが、とにかく仲良くなってくれているのなら問題なしと、サクは疑問を振り切る。
そして、抱いていた疑問が消え去ったことによって、サクの脳裏に新たな疑問が浮かび上がってしまった。
(にしても、人攫い……ねぇ?)
先程カーミラに言われた言葉。
現在、セレスタという街で起こった大きな事件のことである。
あの後、カーミラにことの詳細を聞いたサクは、何かあればこうしてそのことを思い出していた。
それぐらい、頭に残る話なのである。
事件は一昨日の深夜。
多くの目撃者の話によると、攫われた人達全員が目の前から忽然と姿を消してしまったらしい。
一人二人の話であれば、匠な盗賊が目を離した隙に攫ってしまったと考えてもいいが、翌日領主の元に届いた声は百人以上。その全てが、同じ時間に攫われた瞬間を目撃したという。
攫われた人は子供、男ではなく成人したての女性ばかり。
当然、女性ばかりであれば再び奴隷目的で誘拐した盗賊という可能性が頭を過ぎるが、百人以上も同時に攫うことなど、いち盗賊や野盗であれば不可能。
それだけの人数と手練がセレスタの街に入っていれば、流石に魔法士協会も憲兵も気がついてしまう。
とすれば、これは常識外の犯行────つまり、魔法が介入した事件。そう、魔法士協会も領主も考えているらしい。
とりあえず、カーミラを通じて魔法士協会に調査と解決の依頼を出して、何人かが受けているらしく、しっかりと対応はされている。
故に、解決するのは時間の問題────ではないかと、その時のサクは思った。
街の皆も、魔法士が対応してくれていると話を聞き、少しばかりの安心を覚えてひとまずは元の生活を送っているので、今の平和のような光景が視察の段階で見られるのだろう。
本来であれば、百人以上もの人間が誘拐されたとなれば、あちらこちらで騒ぎが広がっているはずなのだが、それは領主の手腕がよかったとしか思えない。
(しかし、よく考えれば今は護衛中で解決はしていない状況……用心に越したことはねぇよな)
護衛は護衛対象の無事を第一に考えなければならない。
自分の命の危険よりも主人を優先し、命を守る。ある意味、騎士達が志していることと同じなのだ。
それに、今のサクには主人であるソフィア以外にも弟子のアイラがいる。
多少魔法が使えるといっても、大規模な人攫いができる魔法を使う相手に対抗できるとは思えない。
カーミラに至っては、心配する必要もないだろう。何せ、拳を交えると高確率でサクが負けてしまうぐらいなのだから。
故に、サクの中では守るべき対象は二人。
カーミラも同伴しているとはいえ、警戒するには充分だ。
(とりあえず、
そんなことを思っていると、サク達は小さな教会の前までやって来ていた。
少し古びた外装ではあるものの、取り囲む小さな柵の中を走り回る子供達、お手伝いをしているのか、一人の修道服を着た女性の横で同じように洗濯物干そうとしている少年少女。
その光景は、古くなった外装など気にならないほどに微笑ましく、明るい光景であった。
「ここが孤児院でございます、ソフィア様」
「うん、ありがとう」
ソフィアは孤児院に入ることなく、入口の前でその光景を噛み締めていた。
子供は、よくも悪くも素直だ。嫌いなものは嫌いといい、好きなことにはそれなりの笑顔を見せる。
大人になれば我慢と取り繕うことを覚えるが、子供達にはその機能は備わっていない。
故に、不満があれば不満そうな態度を見せる。
逆に、見せていないということは────
「子供達……皆元気そうだ。流石はセレスタ公爵、ちゃんと孤児院の管理をしているみたいだね」
「はい……私達の目の届く範囲、路頭に迷う子供は全員をこの施設に入れております。贅沢な暮らしこそさせてあげられないものの────子供達全員が安心して暮らせる環境は整えているつもりです」
「うん……それは見れば分かるかな」
微笑ましい。今見える光景はその一言に尽きると、ソフィアは思った。
悲しそうな顔をしている子供はいない。一緒に洗濯物を干している女性は多分シスターだろう。
一緒になって干している子供達の様子を見る限り、シスターも嫌われている様子もなく、好かれているように見える。
孤児院に入るような子供は、親に捨てられたか親を失った子供達ばかりだ。
心には大きな傷を負っているはずで、このような環境がなければまともに笑顔も見せなかっただろう。
故に、ソフィアは嬉しかった。
自国の民の子供が笑顔を浮かべるほど幸せに暮らしていることが。
王女として、これほど嬉しいことはないと、視察に来たかいを見せる。
「……ん、もう満足かな」
「行かれますか、ソフィア様?」
「うん、大体は見て回ったし────あとはセレスタ公爵に挨拶をしてくる」
「では、日も大分落ちて参りました────夕食を、我が屋敷で食べていかれるのはいかがでしょう?」
「ありがとう、カーミラ」
確かに、周りを見渡せばオレンジ色の空が広がっていた。
視察を切り上げてもいい時間帯だ。
「じゃあ、サク達も早く行こ? もう後ろなんかついて来なくていいからお喋りしながら帰ろー!」
「戻りましたね」
「戻ったな」
どうやら、その中では公務はお終い。個人的には自由な時間に突入したのだろう。
その切り替えの速さ。流石だと両手を叩きたくなってしまうと、サクとアイラは苦笑いしながらそう思ったのであった。
♦♦♦
『探求者』。
その言葉に、何を思うだろうか?
未知なるものを追い求める者? 秘境を探し求める者?
その解釈は人それぞれだろう。どの解釈も、多分根本からは間違っていないのだ。
原動力は探求にあり。
それが、この者の信念であり、この世の全ての事柄を理解しようと思ってしまう。
理解、すなわち好奇心。
探求とは、すべからく好奇心から訪れるものであり、人間が誰しも抱く事柄であるのだ。
では、その好奇心が人一倍大きい存在はどこまで行けるのか?
ここで出てくるのが『探求者』という言葉である。
探求という言葉に者をつける。
この世界では、者をつけられる人間は『魔法士』という言葉に差し変わるのだ。
故に、答えを出すのであれば好奇心が人一倍大きい存在こそが探求者。つまり────魔法士として『探求』をテーマにした存在である。
「さーてー! 探求、探求ー! びーっぐな夢を叶えるには探求ーしかあーりませんよっ!」
薄暗い空間に、一人の男の声が響き渡る。
果たして、その声に反応する者はいるのだろうか?
待てど待てど、その言葉に反応する者はいない。
「探求に探求をかーさね、辿り着くのは未知といーう、結果! 未知に辿り着くのは僕いーがいには、あーりえないっ! ありえーないからこそっ、僕は探求の探求による、探求のー探求者ー!」
そう、誰も……探求者の言葉には反応しない。
それが例え、その部屋に誰かの存在が何人もあったとしても。
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