仲睦まじい二人

 騎士達からの視線が痛かったものの、視察団一行はそれぞれに分かれ、セレスタの街を視察に回った。

 確かに、セレスタという街はかなり大きい。人一人が見て回ろうとすれば一日以上も時間を費やしてしまう。


 要所要所、見て回りたい場所を領主の娘であるカーミラの案内を受けながら視察をし、それ以外の民の声を騎士達が聞く。

 護衛は魔法士であるカーミラはもちろんのこと、サクも依頼を受けた者として側を歩くため、身辺の安全はどこよりも分厚い。


 突拍子もなく言われた発言にしてはかなり効率がよい。

 流石……とも言うべきか、下手に反論もできない案であった。


「アイラちゃん! 私はこっちのケーキを食べるから、そっちのケーキを食べて感想を教えてほしいんだよ!」


「素直に半分こじゃダメなんですかね?」


「さっすが、アイラちゃん! あったまいい〜♪」


 分かれてから少し経ち、カーミラの説明を受けながら街の入口を回っていたサク達は、近くの喫茶店へと足を運んでいた。


「……早い、早すぎるわよ」


「何が?」


「休憩するのが、よ……私はさっさと終わらせたいのだけれど」


 パラソルの下に置かれたテーブル。それを挟むように置かれた二つの椅子に腰をかけるアイラとソフィア。

 その様子を、少し離れた場所で同じように座りながら見ていたカーミラが大きなため息を吐いた。


「まぁ、道中が長かったんだ。休憩ぐらいさせてやれよ」


「それはいいけど、私は早く仕事に戻らないといけないの……はぁ、誰か私の仕事を手伝ってくれないかしら?」


 もう一度ため息を吐き、カーミラはジト目でサクを見る。

 サクはその視線から綺麗に逸らし、我関せずを貫こうと額に汗が滲んだ。

 そして脳裏には「俺も、アイラを育てるのに忙しいから」という言い訳が浮かんだが、カーミラの無言の圧がそれを許さなかった。


「いい加減、皆も私を気遣ってほしいものだわ。私はこれから領主になるっていうのに協会の支部長に就かせるし、問題は起こすわ、書類仕事ばかりだわで魔法士としてなんにも活躍できないし────世界って、こんなに私に冷たかったかしらね?」


 カーミラの愚痴が止まらない。

 少し離れた場所ではソフィアとアイラが仲良く談笑しているのにもかかわらず、サク達の座るテーブルには重苦しい空気しか感じなかった。


「お、落ち着け……な? 今度、飲みに連れて行ってやるから……」


「……言ったわね? 朝まで絶対に帰さないから」


「それは本来男が言うべきセリフな気がするのは、俺だけだろうか?」


 妙に男らしいセリフを吐くカーミラに、苦笑いを浮かべてしまうサクであった。


「それにしても、ソフィア様ってあんな顔をする人だったかしら?」


 話を逸らし、カーミラがソフィアとアイラが座るテーブルに視線を動かす。


「お前って、ソフィアと面識あったのか?」


「これでも私は公爵家の人間よ? 王族と面識ぐらい普通にあるわ」


 カーミラは、貴族の中でも最も王族に近い公爵家の人間だ。

 そこいらの貴族よりも爵位も高くより多くの関わりを持ち、国を支えていく必要がある。

 故に、関係性を築いておかなければ今度に支障がでるわけで────そういった側面でも、関わりがあるのは当然のことだった。


「いつもより明るく感じるわ。まぁ、騎士連中がいなくてあなたと一緒という条件なら分からないこともないけど……アイラとあんなに仲良くしているなんて」


「この前王城に連れて行った時に、友達になったんだよ。あいつらも、立場云々はあるだろうが……友達の一人はいないといけない年頃だろうからな」


「なるほど……要はあんたのお節介の結果ってところね」


 優しくも、呆れたような眼差しで、カーミラはサクを見つめる。


「おいコラ、お節介とはなんだお節介とは」


「お節介でしょ、どう見ても」


 カーミラは頬杖を付き、目の前にあるティーカップを口に含んだ。


「どうせ、アイラに経験を積ませたいって以外にも二人に友達を作らせてあげたいって思って依頼を受けたのでしょう?」


「…………」


「……ソフィア様は近づいてくる同年代の女の子は立場を意識してしまって、友達と呼べる存在は作ることができなかった。アイラは親しかった者全てを失って魔法士を志し、友と呼べる存在を新たに作ろうとはしなかった。あんたは、そんな二人が見過ごせなかった。だから依頼を受けたのよ────まぁ、元はアイラが手伝いたいとか言い始めたのがきっかけなのでしょうけど」


 ソフィアの部屋でサクがアイラに言った言葉全てを言い当てられる。

 加え、元の動機までも言い当てられ、サクはカーミラの瞳に見透かされてしまっているような感覚を覚えた。


「……俺、お前が怖いわ」


「ふふっ、皆がやってくれないから居座っちゃってるけど────私は、これでも支部長なのよ? 所属している魔法士のことぐらいちゃんと見ているわ」


 それでも、ここまで理解されるものなのかと、サクは思わず頬を引き攣らせてしまった。

 しかし、それと同時に嬉しいとも思ってしまう。ちゃんと見てくれているのだと。


「けど、そうね……ソフィア様とアイラが楽しそうなら、今日は甘んじて我慢するわ。誰かの優しい優しいお節介を邪魔するわけにはいかないしね」


「……そうしてくれ。多分、今日ぐらいしか羽目を外せないだろうからな」


「といっても、私達は羽目を外せないけど」


「そりゃそうだ」


 自分達は護衛だからな、と。サクは楽しそうにしているアイラ達を見て紅茶啜った。


「……一応、あんたにも伝えておくわ」


「何だよ、いきなり?」


「今、魔法士協会に私の家────公爵家から一つ、依頼が出されているの」


 カーミラがカップを置き、先程とは違う真剣な眼差しをサクに向ける。

 それを受けたサクは、微笑ましい光景から視線を外し、少し顔を引き締める。


「最近、セレスタだけでなく公爵領全域で『人攫い』が起こっているわ」


「……盗賊か? それとも、野盗?」


「その可能性もあるけど……多分、魔法士か魔法士もどきね」


 その言葉に、サクは眉を顰める。

 今の話を聞く限り、人攫いは『魔法が扱える者』の犯行であり、盗賊の可能性を切り捨てていた。

 魔法士もどきとは、その名の通り魔法士ではない存在────要は、魔法は使えるが魔法士にはなれなかった者のこと。揶揄的な言葉ではないが、そういった者達を魔法士の間ではそう呼んでいる。


「その根拠は? 何もなしに魔法を使う者だって決めつけたわけじゃないだろ?」


「もちろんよ。とりあえず、私達魔法士協会が調べているけど……不可解な点が一つ」


 カーミラは人差し指を立てて、サクに向かって言い放った。


「人攫いは、領内各地で同時に行われたわ。それも一斉に……何人も、ね────こんな犯行、魔法以外に有り得ないじゃない」

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