今晩は

こんばんは

　遅い時間にごめんね。何回も電話くれてたのに全然折り返せなくて。昼間は色々とバタバタしてて。

　心配してくれてありがとね。これでも気持ち的には大分落ち着いたんだけどね。でも、今はまだ悲しいとか寂しいとかってより、何で、て思いの方が強いよ。正明……そんなに思い詰めてたんだなって。

　ウチら、もう何年も前から冷え切っててほとんど会話も無い状態だったからさ。全然気づかなかった。

　遺書とかはなかったんだけどね。仕事用の鞄に入ってたスケジュール手帳にさ、すごく雑な字で、逃げたい、とか追ってくる、とか書いてた。

　電話を取るのが怖い、とかも。ヤバいよね。相当仕事に追い詰められてたんだろうね。確かに、職場からの着信がけっこう履歴に残ってた。休日とか夜遅くとかでも。

　何か聞こえてくる、とかも書いてあったかな。睡眠不足で幻聴とかあったのかもね。また後で読み返してみようかな。これが過労死の証拠になるかもしれないし。兄貴の知り合いに弁護士さんがいるから、相談にのってもらってるとこなんだ。死ぬまで働かすとか絶対許せない。

　本当は、正明が飛び降りたらしい、自殺かも、て連絡来た時ね、私のせいなのかもって、少し思ったんだ。だってね、彼が自殺する直前に、着信があったんだよね。仕事中だったから出られなかったんだけど、留守電が残ってた。無言で数秒で終わってたけどね。

　最期に、私の声が聴きたいって思ってくれたのかなって考えると、落ち込むよ。あの時、もし私がちゃんと電話に出てあげられたら、自殺を止めてあげられたかなあって。……ううん、その前に、もっとちゃんとお互いに向き合えてたら、こんなことになる前に悩みを打ち明けてくれたかもしれない。……たらればの話だけどね。

　その留守電消せなくてさ。何回も聴いちゃってる。聴いてるうちに、聞こえないはずの正明の足音とか息遣いが聞こえてくる気がして。すごい耳を澄まして聴き込んでるの。ほんの数秒だけど、雑音入ってるけど、確かにいるんだよね。そこに。

　あ、なんか涙出てきちゃった……はは。あれだけ家庭内別居とかしてたのにね。やんなるね。今になってね。またあの人の声が聴きた「ばあ」

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　以上が、友人との電話の内容です。最後の声は聞き間違いじゃありません。確かに知らない声が一瞬聞こえたんです。

　その後、彼女から何度か着信がありますが無言ですぐに切れてしまいます。