柘榴の祈り
雪桜
柘榴の祈り
なだらかな夜だった。
遠くでコンビニの光が淡く燃えて、私の瞳に流れ込んでくる。チカチカと、音を立てて点滅する。虹彩が、悲鳴をあげている。誰もが夢見る悪が、私の隣に腰かけた。私の手の中には、小さなくまのぬいぐるみが、ひっそりと息をしていた。薄汚れたビーズの瞳に、金平糖のようにパラパラと、光が降り注いでいた。光の吐息。眩しい。煩い。酩酊。嗚咽。世界が鳴り響く、なだらかな夜だった。
私は跪いた。牧師の両手を見ていた。そこに神様がいたから、私は彼の両手を見ていた。それは酷く乱雑に、薄汚れた土に埋まっている。私は記憶の中の、神様のささくれた指を見ていた。
「柘榴を、食べたいのですが」
隣の彼女が、そう言った。
「柘榴?それならあそこに」
私は地平線を指さした。その時、死んだ叔父にお前の指は人の幸福を殺すんだと言われたことを思い出した。見ると彼女は震えていた。その瞳すらも、震えていた。老婆のようにやせ細った身体に、果たして柘榴が入るのかと、思った。くまの人形が、われた。あ、と息を呑んで、われた。挨拶もせずに、脳天から割れた。あの光はもうない。金平糖はもう降らない。静寂の叫び。息は絶えてしまった。
彼女が飛びかかってきた。しきりに何か言うもんだから、臭い唾が私の頬を濡らした。堪らなくなって、思わず私はその場に吐いた。涙が止まらなかった。虹彩が、悲鳴をあげている。
「もし。コンビニは何処?」
土、土、落ちた指輪。牧師の指。十字架が、逆さまに刺さって、泣いていた。あのくまの中身は、柘榴だった。奪われた。死んだ。彼は死んだ。臭い。気持ち悪い。眩しい。煩い。そんな、なだらかな夜だった。私は跪いた。牧師の両手を見ていた。そこに神様がいたから、私は彼の両手を見ていた。そのささくれた指を見ていた。見ていた。見ていた。
「柘榴を、食べたいのですが」
隣の彼女が、そう言った。
柘榴の祈り 雪桜 @sakura_____yu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます