番外連載 次の未来
「ふう……」
箱を巡る騒動から数日。パンドラがパパドプロス家の自室で溜息を吐きながら紅茶を一口飲む。
(会合も中々やる。きちんとした精鋭をあれだけ手早く投入できるか)
事件が起こった後、秘密結社会合の実働部隊がパパドプロス家、もっと言えばパンドラ保護のためやって来た。しかし彼らを出迎えたのはテンプル騎士団の反乱者達の遺体、壊れたパンドラの甕、玉手箱の残骸だった。
(特に仮面の男。話には聞いていたけど、会合一の使い手という噂も間違ってはいなかったらしい。ま、したのは後片付けだけど)
そのため実働部隊とそれを率いた仮面の男は、パパドプロス家のパーティー参加者の保護と死体の処理、並びに壊れた甕と箱の回収を行うだけとなり、後始末を任された形になった。
(私の説明に納得したかは分からないけど、正直に話すわけにもいかないからねえ。ヒッヒッヒッ)
ここで問題になったのが、誰がこの惨状を作り出したかということだが、パンドラは己の切り札を使用して襲撃者達を撃退し。その争いの余波で甕と箱が壊れたと説明した。
実はこれ、パンドラ自身は、会合が納得したか分からないと思っていたが、仮面などにしてみれば相手は紀元前から生きる神話の人物なのだ。パンドラの力はかつてに比べて見る影もないことも知っているが、それでも切り札があると言われたら、まあそうだろうなと思うしかない。
その判断の中で実働部隊は、弾痕がある死体とナニカに噛み千切られた死体、そのほかに首を切断された死体が散らばっていたことから、パンドラは同士討ち、もしくは自殺を強要できる精神操作系の魔獣を使役しているのではと推測した。
結果イメージされたのは、獅子の頭を持って人語を操る、尻尾は鞭のような刃物を持つキマイラの一種となり、箱の中の猫の本質にかなり迫っていた。
(怪しまれようがあの男のことを話せるものかい)
だが会合が迫れたのはそこまでだ。
騒動の場に二人の少女と一人の男、そして男が呼び出したナニカには辿り着けなかったし、パンドラもなんとしてでも秘匿しようとしていた。
(あれは……勘だけどカオスに限りなく近いけれど別のナニカだ)
流石は人類最古の女としか言いようがない。その神の孫である筈なのに耄碌したクロノスが気が付かなったことを、パンドラは僅かに勘づいた。
パンドラは真っ黒なカードからコンマ一秒以下の一瞬現れた、クロノスを別空間に引っ張り込んだ黒を見ただけだ。しかもパンドラはソレがなにか全く理解できなかった。逆を言えば、人類で最も経験豊かなパンドラが理解できないものは極僅かである。
例えばゼウスよりもさらに古いギリシャ神話体系の祖にして、ギリシャ世界の始まりであるカオスとか。
(現代でカオスの類似存在と縁があるだって? 私よりよっぽどパンドラの甕をしてるね。人は核でも持て余してるのに、そんな男を知られるわけにはいかない)
そんな存在を呼び出せる幹也と能力を、パンドラは会合に、世界に知られるわけにはいかなかった。
彼女は核開発競争とキューバ危機を直に見ている。当時はぎりぎり線を越えなかったものの、全面核戦争から世界の崩壊が分かり切っていようと、人は容易く理性を失って暴走することが証明されたのだ。それ以上の破滅の力の存在が露見したらどうなるか誰でも分かる。
(それにしても困った奴だね。礼はいいからなんとか日本に帰せないかととは……)
パンドラは嘆息しながら、入国履歴がない自分をどうにか日本に帰せないかと聞いてきた幹也を考える。
パンドラは自分の命と因縁を断ち切ってくれた幹也に感謝して、なにかしらの礼を贈ろうとしたのだが、幹也にすれば礼と言われても困る。だから入国履歴がないのにフランスにいる自分を、なんとかして日本に帰せないかと尋ねた。それ自体はパンドラの伝手を遣えば簡単だ。
しかしパンドラもパンドラでとてつもなく困る。これが少々の存在ならいいから取っておけと色々と送るのだが、どこに地雷が存在するかさっぱり分からない超越した力の持ち主、もしくはそれと縁ある者には、いらないと言われたら余計なことができないのだ。
(まあどうせ小娘二人に捕まるんだ。そっちから送ればいい。ヒッヒッヒッ)
だが抜け穴は存在する。小娘二人ことアリスとマナが幹也をとっ捕まえたら、一族の長老として祝いの品を贈るのは全くおかしな話ではない。
(それに、騒動の芽は潰してる。略奪愛なんて起こった日にはとんでもないことになるからね)
パンドラは一族の者に、アリスとマナが気に入った。あの二人ならそのうち自分が気に入った男を連れてくるから、それまで放っておけと伝えていた。
幹也のことを直接言うのは無理だ。その懸念しているどこにあるか分からない地雷に引っ掛かる恐れがあったし、アリスとマナが連れてきた男として調べられるのは諦めるとして、パンドラが指名した男とはどういう存在かと必要以上に入念に探られるだろう。
とにかく、パパドプロス家の長老にして、秘密を知っている直系にすれば原初の女にして聖女ともいえるパンドラがそう言ったため、一族の者は従うしかない。
(ただ……)
それでもパンドラには懸念がある。
(披露宴でもした日には地球が滅ばないだろうね?)
ここ最近は何度も死の淵を彷徨っている地球の命運についてだ。
◆
『四葉貴明本人から、マスターメモリーの影絵を介して連絡です。おい馬鹿。だそうです』
(なんだ馬鹿って伝えてくれ)
その地球の命運を握り、自身の運命もある意味決まっている幹也が、いつもの商店街で座りながら、マスターカードを介して腐れ縁である四葉貴明と話していた。
『今正月で実家に帰ってるんだけどよ、親父が三日前にフラッといなくなって、ハイテンションで帰って来たんだよ。その時は特になんも思わなかったんだが、今考えるとひょっとしてそっち行ってたか? 影絵の俺は寝てたみたいだし、そっちのホテルにいる俺はなにも感じなかったけど、なんか冷や汗止まらなくなってきた。だそうです』
(よく分からんけど、農耕神と時間神が混ざってたクロノスが、こっちに出てこようとしてたからおやっさんに来てもらった。ただ、どうなったかはさっぱり分かってない)
『ふ、ふーん。空の空間であるカオス孫で、時間と混ざった宇宙を統べた神ね。そう言えば親父、パンドラさんは凄いなあって言ってたな……パンドラ本人がいたとして、プロメテウスが火を簒奪したことが誕生のきっかけかぁ……だそうです』
(考えないようにしてたんだけど、お前から聞いた太陽とか星のお年玉あげようとしてた人達が起きてたかなあ……)
『地球さん生きてる? だそうです』
(多分……)
貴明は人の世に慣れ切った実父の“混沌”より、叔父ともいえる他の原初神の発想がとんでもないスケールなことを知っている。そのため本気で幹也の世界を心配してしまい、幹也も直接会ったことがないものの、話は貴明から聞かされていたため語尾が弱い。
「おじさん!」
「いた」
「おーう」
(マナとアリスが来たからまた今度な)
『おっと! お邪魔虫は退散しようかね。ぷぷぷ。だそうです。何度も言いますが、面倒なので私を間に挟まないでください』
そんなところへ両親とともに帰国したばかりのマナとアリスがやって来たので、貴明は邪悪な笑みを浮かべている顔がありありと分かる言葉を残して通信を終える。
「改めてだけど、また助けてくれてありがとう……」
「ありがとうございます」
「なに、向こうでも気にするなって言っただろ」
アリスとマナはパパドプロス家で幹也に礼を言っていたが再び頭を下げたものだから、幹也は手を振って気にするなといつも通りの対応をした。
「前の漫画喫茶で話せる?」
「おう」
アリスの提案に、この場では話せない内容だと察した幹也は、漫画喫茶のファミリールームに足を運ぶことになった。
◆
そしてやはり幹也は、マナとアリスという花開いた女に挟まれてソファに座ることになる。
「あ、先に言っておくけど、災厄に好かれる体で、俺に迷惑が掛かってるとか思ってるなら忘れちまえ」
ここで幹也は、まさにアリスとマナが思っていることを言い当てて、彼女達の柔らかな髪の上にポンと掌を乗せた。
彼女達は自分の祖がパンドラということが分かった時、ある懸念が発生した。このトラブルばかりに巻き込まれるのは、かつてパンドラが解き放った災厄が遺伝としてこびりついているのではないか。そして、そのせいでずっと幹也に迷惑をかけ続けるのではないか、と。
「なに? あんた人が言いたいこと分かるの?」
「考えが顔に書いてある」
「でも私達、いっつもおじさんを巻き込んで……」
「二人を助けたいから助けた。一件落着」
幹也はジト目で自分を見上げるアリスと、顔を俯かせているマナの頭部を少しだけ自分に傾かせた。
「馬鹿……」
「おじさん……」
アリスとマナはほんの少しの力に逆らわず、幹也に頭だけではなく体も寄せる。
「それにもう甕はないんだ。一緒に一枚引いてみな」
「分かった」
「えい!」
幹也は商売道具である大アルカナの束を取り出すと、アリスとマナに一枚だけ引くよう促した。
今までなら死神が空気を読まずに出てきただろう。しかし、二人の祖であるパンドラに纏わりついていた因縁は完全に破壊されたのだ。
「これは……」
「ザ・ワールド……」
アリスとマナが呟く。引かれたカードの絵柄は死神ではなく、月桂樹の輪の中の女性。
「二十一番目の大アルカナ、世界。最高のカード。意味は完全。世界は、人間は災厄や宿命如きに負けはしない。アリスもマナも、俺もな」
幹也が微笑みながら解釈が必要ない程に最高のカードを眺める。
パンドラの甕が壊れたことによって、アリスとマナの騒動に巻き込まれる宿命が終わったのかはまだ分からない。しかし、少なくとも死神が世界に譲る程度には、二人の少女に死の匂いを感じなくなったのだろう。
「……ところで、今私達の顔になにが書いてあるか分かる?」
「おじさんならきっと正解するはずです!」
「え!?」
いつの間にか幹也に抱き着いていたアリスとマナが、つい先ほど考えていることが顔に書いてあると言ってのけた彼に問いかける。
(愛してる……)
(愛してます……!)
アリスとマナの心の中は、その死から命がけで守ってくれた幹也に対する愛で溢れていた。
が。
「ば、晩御飯なにかな? とか?」
この男がそんなことを勘づくはずがない。すっとぼけているのではなく大真面目に晩飯云々と宣う始末だ。
だがアリスとマナもそんなことは百も承知だ。
それ故に。
「「答え合わせはまた今度」」
花開いた乙女が挟み込んだ男の左右の耳に息を吹き込んだ。
それを見ていた世界のカードの絵柄がニヤリと笑う。
『ザ・ワールドには願いの成就って意味もあるんですよね。自分を占ってないのに運命が分かる占い師とかこれいかに』
マスターカードの言う運命とはなにを意味するのか。それが分かるのはも少し先の話だった。
◆
後書き
番外編もお読みいただいてありがとうございまあす!
これにて回収していなかった玉手箱にまつわる話は以上になります。当時はパンドラの甕、クロノス、そして親父と同期達に繋げようと思っていましたが、邪神本編で親父の正体を明かすのがいつになるかさっぱり分からなかったので、こちらが一足先に完結してようやく書ききれました。
今度機会があれば、ちょっと先の話。自分の子供にロイヤルストレートフラッシュをくらって吹っ飛ぶ幹也の話も書いてみたいですw
それでは皆様、ありがとうございました!
【完結】異世界帰りがカードで頑張る現実生活~でもなんか地球も変じゃね?~ 福朗 @fukuiti
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