第17話 動的ストレッチとHIIT

「よし、お前たち。最初は5週走って体を暖めろ」


 ティナさんのキリッとした号令で、五人が走り出す。そんなに少なくていいのって声が聞こえてくる。まあいきなりこんなに減ったら不安なのは分かるけれど、その分あとで頑張ってもらうからお楽しみにね。

 約5分後、5人が走り終える。200メートルを1分ペースということだから、ウォーミングアップとしては上々のペースだ。


「次!ラジオ体操第1!」


 相変わらずティナさんの号令はキリッとしているけれど、当然のことながら彼らには伝わらない。そもそもラジオとは何ぞやって感じ。まあこの世界にはラジオ無いしね。と言うことで俺が前に立って手本を見せながらラジオ体操を進めていく。


「いいかーい!真似しながら聞いてくれよ!ラジオ体操は動的ストレッチとしてすごく優秀なんだ。そもそも動的ストレッチっていうのは、体を大きく動かすことで関節をしっかりと動かすストレッチのことを指すんだ。これをしておくことで得られるメリットが大きく分けて二つある。テストはしないけどちゃんと覚えておいてよー」


「「「「「はい!」」」」」


 俺の言葉を聞いた五人が元気良く返事をしてくれる。


「まず一個目、ケガ予防!関節を大きく動かすことで、関節可動域を高めることと、筋肉を伸ばすことの両方が出来るんだ。そうすると柔軟性が向上するし、関節も動かしやすくなる。実際に運動するときに、ケガをしにくくなるよー」


 真剣に真似をしながら聞いてくれる5人の息が、少しずつ上がってくる。ついでにティナさんも。


「次、二個目!今のみんなの状態、心拍数を上げることが出来るってこと。心拍数が上がれば体温も上がって体を動かしやすくなるよー。それにやってみて分かったと思うけれど、平常時から急激に上がる訳じゃないから安心安全!」


 細かく挙げれば他にも動的ストレッチのメリットはある。例えば動的ストレッチの反対の静的ストレッチはゆっくりと筋肉を伸ばすけれど、運動前にこれをしてしまうと出力が下がるって言われていたりする。これは静的ストレッチは動的ストレッチと比較すると、筋肉を強く伸ばすことになるので、伸長反射の恩恵が薄れてしまうということ。


「訓練用の剣を持て!」


 ティナさんの号令と共に、五人が剣を用意する。もちろん刃は潰してある。

 まあ俺は武器術なんてものは全く分からないので、ここからはティナさんにお任せだ。とりあえず五人の様子を見て、ヤバそうな子がいたらストップするくらいしか出来ない。

 ティナさんの指導は実に的確だった。五人ははっきり言ってしまえば、模擬戦をするレベルに未だ到達していないと見なしたようで、まずは剣の振り方から指導を始めていく。俺も習おうかなって思ったんだけど、その力があれば鈍器でぶん殴った方が強いから必要ないと言われた。剣だとやっぱり刃こぼれとかがあるから、手入れが面倒になってくるらしい。まあね、それは俺も賛成ですよ。なんなら鈍器すら使う必要ないしね。身体強化魔法を使えば、岩だって余裕で砕けるし。


「じゃあ先程教えた型を踏まえて、最後にこれで素振りをするぞ」


 そう言ってティナさんが用意したのは、普通よりもかなり重く作られた剣。野球のバットで言えばマスコットバットみたいなもの。


「あ、ティナさん。それやらなくていいです、あんまり意味無いんで。というよりも有害になりかねないので」


「なに?どういうことだ?」


 ティナさんが相変わらずキリッとした目で見てくると、どうしてもちょっと怯んでしまう。


「それをする目的って多分剣を振る筋肉をつけようってことですよね?」


「勿論そうだ。私も実際にこれをやってきたからな」


「確かにそれでも筋肉をつけることは出来るけれど、肝心の剣の振りが鈍くなりかねないんだよ」


「うぅむ、しかし筋肉がつけば当然振りも早くなるのではないのか?」


「うん、それ自体は間違っていないんだけれど、剣を振る動作に負荷をかけてしまうと二つのデメリットが起こりかねないんだ」


 俺はティナさんと5人の顔を見渡してから、説明を続ける。これは今から言うことが大事だよっていう合図みたいなもの。


「まず一つ目だけれども、ティナさんは剣を振るときって思いっきり力を入れて振る?」


「いや、それはないな……ふむ、成程。そういうことか」


 相変わらず察しのいいティナさん。でも他の5人はなんのことやらって感じなので、そのまま説明を続けていく。


「剣を振る動きに限らず、何の動きでもそうなんだけれど、力みまくって良いことなんてほとんど無いんだ。重い剣で素振りをすると、体がついつい剣を振る時に必要な力の入れ具合を勘違いしちゃうんだよ。そうすると剣のスピードが鈍る可能性が出てくる。もちろんそうならないことだってあるよ?だけど筋肉をつけるっていう目的なら、きちんと筋トレをしてそこの筋肉を鍛えたほうが効率が良い。その上で素振りは普通の剣でやる。これが俺はベストだと思ってるから、今回はそれで行ってほしいな」


「ふむ、それで二つ目は?」


「二つ目は単純だよ。ケガをする可能性が結構高いんだ。どうしても体を捻ったりっていう動きや、瞬発的な動作に負荷を直接かけていくと、リスクが高くなりがちなんだ。この世界ではケガをしても回復魔法があるのかもしれないけれど、態々ケガをしやすい鍛え方をする必要はないからね」


「分かった、それではこれは無しにしよう。そうすると何をするかな……」


 ふっふっふ、もちろん抜かりはないですよ。


「よーし、じゃあ最後はダッシュしてもらおうかな」


 最初に長距離を走らせなかったのはこれがあるから。この訓練場は50メートル四方だから、とりあえず二辺、100メートルダッシュして、残り100メートルはほとんど歩くくらいのスピードでジョギングしながら戻ってきてもらうことにする。


「じゃあ今日は最初だし、5周で終わりで良いよ」


 俺が5周って言った瞬間、驚きの声が上がる。その声に含まれているのは絶望ではなく喜び。君たち甘いねぇ。


「言っておくけれど、全力で走らないと意味ないからね!じゃあ行くよ!よーいドン!」


 5人が軽快に走っていく。今までの訓練を見ていても分かっていたけれど、太っちょなベート君も意外と速い。まさに動けるデブってことか。

 1周目、5人は息が少し上がっているもののまだまだ余裕そうな表情で戻ってくる。


「はーい、2周目行くよー。よーいドン!」


 先程と変わらぬペースで走っていく5人。まあ訓練自体はしていたんだからね。これくらいは普通にやってもらわないと困るってものだ。

 とはいえ戻ってきた5人には先程以上の疲労が見てとれる。


「休んでる暇はないよー、3周目!よーいドン!」


 おっと、さっきまでよりも若干ペースが落ちたかな?この3セット目は鬼門だと個人的には思ってる。普段運動してない人だったら、3セット目を終えたら息も絶え絶えって感じになる。


「あー、きついー!」


 うん、まだ声が出てるから大丈夫そうだ。


「残り2周だよ!よーいドン!」


 さっきまでよりもさらにペースが遅くなる。とは言っても手を抜いているわけではなさそうだ。


「ぜぇ……ぜぇ」


 だんだん声を出すのもキツくなってきたみたいだな。やっぱり5周でちょうど良かったかな。


「はい、ラスト5周目!気を抜いたら追加するよー、よーいドン!」


 5人がうえって顔でこっちを向いてから、死に物狂いで走っていく。まあ追加する気なんて更々ないけどね。恐らくここが限界だろうし。

 案の定戻ってきた5人は地面に倒れ込んで、死ぬとか、吐きそうとか言っている。


「みんなどうだった?楽勝だと思ってたはずなのに、めちゃくちゃキツいでしょ?」


 5人を見渡すと、肯定したいけれど体が動かないようで、目でその意思を伝えてくる。


「今の5周だけど、時間にしたら10分も経っていないんだ。これの利点は短時間で心肺機能にしっかりと負荷をかけられるってこと。まあそれは身をもって効果を実感していると思うけどね。あとは筋トレの効果を損ないにくいというメリットもあるよ」


「確かに5人の様子を見れば、体力はつきそうだというのは分かるが、筋トレの効果を損なわないとはどういうことだ?」


 不思議そうな顔をしているものの、声を出せない5人に代わってティナさんが聞いてくる。


「筋肉って長時間運動していると、分解してエネルギー源として使われてしまうんだよ。だから長距離をダラダラと走っていると、からだ作りの効率が落ちてしまうんだ。そこで有効なのが今日やったみたいな、高強度の運動を、不完全な休息を挟んで繰り返すHigh Intensity Interval Training(高強度インターバルトレーニング)、HIITってわけ。3か月後には10周くらい余裕で出来るようになってもらうから、そのつもりでね」


 俺の言葉を聞いた5人の表情が絶望に染まったところで、前半の訓練は終了した。



※あとがき


というわけで、大きく分けて二つのことを書いてみました。

ウォーミングアップとしてのラジオ体操の有用さが認知されて久しいですが、

簡単に言えば本編のような内容です

ラジオ体操に限らず、競技特性に応じた動的ストレッチもどんどん取り入れたら良いと思います

野球のマエケン体操みたいなのもそうですね

そしてHIIT、ヒットとかヒートって言いますね

これも脂肪燃焼に効果が高いって言われて人気になりましたが

個人的にはそれよりも作中の二つのメリットが大きいと思っています

部活動などのように、限られた練習時間において最大限の効果を出そうと思うのならば

なるべく技術練習に時間を割けるようにした方がいいです

昔のように長時間ランニングに費やすなんてもったいなさすぎます

また例が野球であれなんですが、

ランニングをするくらいならベースランニングで走塁技術を磨いたら?って思ったりします

野球に限らず、そもそも競技特性として瞬発力が必要なスポーツに、

持久力を養う種目を練習に採用するのはおかしいです

最後に負荷をかけての競技動作についてですが、私の考えは本編の通りです

はっきり言えば、労力に対して効果が薄いどころか無いんじゃないの?って感じですね


次回はいよいよ筋トレ!と言いたいところですが

まずは講義からスタートです


最後に更新が遅れまして大変申し訳ないです

もう一個の連載の方が本筋のラストに近づいており

ついついかかりきりになってしまいました

結果、こちらにかかる時間を見誤ったと言った感じです……

また来週の月曜に更新できるように頑張りますので

暖かい目で見てやってください

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異世界トレーナー ~勇者召喚に巻き込まれたら、戦う職業じゃないと追い出されたので、辺境の地でギルドを立て直します~ Sanpiso @pinsan

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