石段のキコちゃん
王生らてぃ
本文
「ほら、こっちだよ」
長い長い石段の先を、キコちゃんが軽やかに登っていく。
一段一段と昇っていくたび、白いワンピースのスカートが翻り、細い脚がのぞく。キコちゃんはいつもスニーカーを素足で履いていて、長い髪が風になびくのはきれいだった。あんなに細いのに体力は人一倍で、いくら走っても追いつけない。
「こっちだよ」
「待ってよ」
もうどのくらい、この長い階段を上ってきたのだろう。
上のほうはまだまだ遠くて先が見えない。周りはうっそうと木が生い茂っていて、苔や土の匂いがむっとする。この石段はわたしたちの思い出の場所だ。小さいころから、いつも休みの日はこの山に来て、石段の先にある神社へ遊びに行っていた。そこには冷たい水もあったし、涼しい木陰もあった。夏に遊びに来た時はとても楽しかった。
キコちゃんはわたしにこの場所を教えてくれた大切な友だちだ。
でも、ずっと階段を上っていると、だんだん不安になってくる。景色はほとんど変わらないし、いつまでもたどり着けない。
「どのくらい上ったのかな」
振り返って、今までの道を見返そうとした時、先を歩いていたはずのキコちゃんがいつの間にか目の前に現れたのでわたしはたいそう驚いた。キコちゃんは、あやうく後ろを振り返りかけたわたしの顔を両手でぎゅっと掴んで上のほうへ向かせた。
「だめだよ。約束やぶっちゃ」
そうだった。キコちゃんといっしょにこの階段を上るとき、上りきるまで絶対に下を見たり後ろを振り返ってはいけないのだ。そういう約束だ。なんで忘れていたんだろう。
キコちゃんの小さくて白い顔が目の前にある。キコちゃんはわたしより背が小さいけれど、いつもわたしよりも上の方の石段にいるから、それをつい忘れてしまう。キコちゃんはわたしのことをみてにっこり笑うと、甘くて優しいキスをしてくれた。
キコちゃんとこっそりキスをするのが、わたしも好きだった。
「行こう。もう少しだよ」
そう言ってキコちゃんはまた上の方へと駆けていく。
わたしも急いで後を追う。
石段はところどころ欠けていたり、ぐらぐらしていたり、形も色も大きさもぜんぜん違うのに、それがとめどなく続いていく。景色はまったく変わらない。木も石段も、どこまでも長く伸びている。
やがて、霧の中にぼんやりと巨大な鳥居が見えてきた。それは石段のゴール。わたしたちの秘密の遊び場への入り口だ。
「ほら、早く」
キコちゃんは鳥居の真ん前に立ってわたしを見下ろしている。
あと二十段くらいだ。
わたしは一歩一歩昇っていく。
「ほらほら、がんばれ」
あと十段。
九、八、七……
「はい、手を取って」
キコちゃんの伸びた手を握りしめ、わたしは最後の三段を一気にジャンプして駆け上ろうとした。だけど、あんまりにキコちゃんの手を強く引っ張ってしまったせいで、わたしが一番上の段に着地するのと同時に、キコちゃんの身体がぐらりと引っ張られて、頭から崩れて落ちた。
バランスを崩したまま、腕も足も首も、だらりとしたままでごろごろと石段を転げ落ちていくキコちゃんをわたしはじっと見ていた。そこではじめて見おろした石段の下は、まるですぐ近くにあるような感じがした。
そこにはたくさんのキコちゃんが、転げ落ちたままの姿勢で、大量に積み上がっていた。それはおもちゃ箱の中に乱雑に入れられている人形たちに似ていた。
わたしは帰らなくちゃいけなかった。
明日もまたキコちゃんといっしょに遊ぶんだ。大好きなキコちゃん。
一歩一歩と石段を降りながら、わたしはまたわくわくしてきた。明日もまた、同じ時間にこの石段に来たら、キコちゃんが石段に足をかけて待っているに違いない。
石段のキコちゃん 王生らてぃ @lathi_ikurumi
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