第109話
「だから鐘持ってる奴からやれって言ったろ!」
「知るか! あいつら律儀に順番守って向かってくるわけじゃねーんだから仕方ねーだろ!」
シナリスとナツメは既に限界を超えていた。
二人の背後にはおびただしいアンデッドの大群。
鈍くなった両足を必死に動かし、迫り来るアンデッドの群れから逃げる。そして逃げながらも互いを責め立てる言葉だけは勢いよく飛び交っていた。
「鉈持った馬鹿が最初に襲って来たんだ! 無視できねーだろ! そんなん言うならてめぇが何とかすりゃあ良かったじゃんよ!」
「お前がまともにあたしの言うこと聞いてりゃあ、今頃こんなことになってなかったんだ!」
「うっせー! お前の声頭ん中キンキンキンキン響くんだよ!」
そうしている間にもまた一つ、鐘の音が聞こえて来る。それを合図に、進行方向の地面に転がっていた死体の一体が立ち上がり、二人に襲い掛かった。元は街の住人であったであろう死体には片腕がなく、首に至っては千切れかけていた。
鐘が鳴る度、そこら中の人々の死体がアンデッドとなって群れに加わる。人間の死体だけではない。頭部を失ったグール等、既に動かなくなった筈のアンデッドまで起き上がり、再び二人に牙を剥く。
「一体どーなってやがる!」
シナリスは必死に足を動かしながら嘆き声を上げた。
「あの鐘だ。アレには死体を操る力がある」
そうナツメが説明する間にもまた一つ、鐘の音が鳴り響いた。
「そんなのアリかよ!」
行く手を阻むように起き上がったグールの顔面を剣で切り飛ばしながら、シナリスは嘆いた。
「クソっ……」
シナリスは力なく剣を地面に付ける。
「はは……」
ナツメはシナリスと同様両手をだらりと下げ、乾いた笑い声を漏らす。
二人とも生きることを諦めたわけではない。戦う意思はある。だが、どうすることもできなかった。
必至に考えを巡らせるまでもなかった。
既にどこから手を付けて良いのかわからない程に、二人の周囲にはアンデッドが溢れていた。
二人を中心に取り囲むアンデッドの群れ。じわりじわりとその円周を狭めていく。
群れの中には、先程一体相手するだけでも紙一重だった獣人型のアンデッドや巨獣型のアンデッドも確認できた。
「いよいよヤバいぜ……」
「ああ、今度こそ本当にここまでかもな……」
ナツメには最早シナリスの弱音をからかう余裕すら残されていなかった。
全く動けないまま目だけを動かし、周囲を眺めながらナツメは考える。このまま群れに飲み込まれ、四方八方からずたずたに引き裂かれるのだろうかと。
「イヤだなぁ……」
思わずナツメは呟く。生者よりも耐久性の高い死者の身体ではより長く苦しむことになるだろう。それこそ自身の身体が跡形もなくなる様をその目に焼き付けながら息絶えることになるのかもしれない。
「まあでも、もうとっくに死んでるんだけどね」
ナツメはいつかのエルミナに似た冗談を嘯いた。
「猫娘」
「何だよ」
覚悟か諦めか、いずれにせよナツメが最悪な運命を受け入れようとしていたその時、シナリスが彼女に言葉を掛ける。
「俺は魔物が嫌いだ」
「はぁ? 今更なんだ? こんな状況であたしにケンカ売ってんのか?」
「…………わりぃ」
彼らしからぬ謝罪の言葉に、ナツメは面食らってしまう。
シナリスとて、この差し迫った状況で委細を話すつもりなどなかった。だから、
彼は端的に伝えることにする。
「逃げろ。猫娘」
「お前、何言ってんだ。この期に及んで気でも触れたか?」
「俺が何とかしてお前を逃がす隙を作る。死ぬ気でやればそのくらいできなくはねぇ。あとはお前が逃げ切るまでの時間を稼いでやる」
「おい、勝手に話を進めんな。あたしの話聞いてんのか?」
ナツメの反応など意に介さない様子で淡々と話すシナリスに、ナツメは苛立ちを隠せなかった。
「第一、魔物嫌いのお前がどうして魔物のあたしを助けるような真似する。気味が悪いんだよ」
「別にお前を好きになったわけじゃねーから安心しろ」
「じゃあなんで!」
「これは俺なりのケジメだ」
「はぁ? わけわかんねー」
「わからなくていい。だがよ……」
シナリスはそう言って地面に刺していた剣を引き抜く。
「俺はこのまま黙って死ねねぇんだよ!」
剣を構えるシナリス。力を込めた腕の傷が開き、伝った血が剣の柄から滴った。
「死んでも、死にきれねーんだよ……。このままじゃあ……あいつに会わす顔がねーんだよ」
ナツメにはその「あいつ」が想次郎のことを言っているのか、はたまた別の見知らぬ誰かなのか、わからなかった。
「俺のわがままに付き合わせてわりーが、ここは俺に任せてくれ」
そう言って、シナリスはナツメに向かって白い歯を見せた。
「は、はぁ? バカじゃないのか?」
ナツメは思わず顔を背け、悪態を吐く。そして何故か顔をが熱くなっているのを感じた。それを自覚したナツメは余計に恥ずかしくなり、ますます顔を熱くする。
「死に際にキモイっつーの……」
しかしナツメはその場を動こうとしない。
「おい猫娘」
痺れを切らしたシナリスは取り囲むおびただしいアンデッドに意識を向けたまま視線の端にナツメを捉える。彼女はその場で両手の拳を握り、俯きながら葛藤していた。
「イヤだ……」
程なくしてナツメは結論を口にする。
「俺に死なれるのが?」
「ばーか、お前みたいな男に助けられたまま逃げるのが、だよ!」
顔を上げたナツメの表情はどこか吹っ切れたように清々しいまでの笑顔だった。
「馬鹿か、二人とも死ぬぞ」
「わかんねーよ? あたしだけ生き残るかも」
「ハっ! 勝手にしろ」
二人は互いの嫌味な笑みを向かい合わせる、その時だった。二人の周囲を埋め尽くしていたアンデッドの群れの一角が犇めき合う圧に耐え切れず膨らみ、そのまま崩れた。それをキッカケとして、アンデッドがいっきに押し寄せて来た。このままではアンデッドの波に飲まれ、二人は容赦なく押し潰されるだろう。
示し合わせることなく背中合わせになると、二人はそれぞれの得物を構えた。
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【スキル】
C2:風属性耐性
風属性攻撃によるダメージが50%減少。
ねえ、どうしてママには見えないの?
あの白くて大きな鳥さんが来る時は、ピューって、とっても強い風が吹くんだよ!
でも風で庭のリンゴの木が折れちゃったりはしないんだ。優しいよね!
人一倍弱虫なぼくはファンタジー世界でアンデッドな彼女に恋をする 所為堂 篝火 @xiangtai47
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