最終話

「撃つぞ!」

「こい! いざ、しょうぶ!」



 …………。


 ん。

 微睡まどろみを、首を振って削る。


 あの二人、まだお風呂に入っているのね。そうか、今日買ってきたポケモンの水鉄砲で決闘でもしているのだろう。まったく騒がしい。

 わたしはムーミン柄のエプロンを外して椅子にかける。うーん、という背伸びとともに深呼吸。軽いうたた寝をしていた時に、夢の入口をのぞいてしまったようだ。


 あれはたしか、高校生の時の夢。

 今お風呂に入っているすすむが、わたしを泣きに泣かせてくれた頃の夢だった。


 進はほんとにバカだったな。

 目を整形して、それでなにが解決すると考えていたんだろう。

 ほんとに、バカだった。


 だけど、わたしもバカだった。

 二人とも、バカみたいに互いの幸せと平穏を願った。一歩立ち止まればわかることなのに、そんな躊躇ちゅうちょなど思考の片隅にも置かない愚かさがあった。青い時代だった。ときめきの時代だった。だけどそのときめきがあったからこそ、今の一陽来復いちようらいふくを得たといえよう。


 進の瞼はもう、昔には戻らない。それは、わたしたちの青春と同じように。


 だけど今はあの瞼、けっこう気に入っているんだよね。


 ……あら?

 今度は、息子の雄斗ゆうとと鬼滅の刃の主題歌を歌い出したみたい。

 ようやるわ――。のぼせても知らないよ、ほんとに。


 あごを上げて、白いローチェストの上を見やる。

 進が会社でもらってきたというチョコレートが三つほど、整った形で並べられている。


 そうよね。今日はバレンタインデーだもんね。

 わたしのとっておきがあるんだから、早くお風呂から出てきなさいよ。


 まったく。


 もてやがって――、あのやろうめ。



                              了

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あの瞼、けっこう気に入っているんだ 木野かなめ @kinokaname

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