第4話

 ゴールデンウィークが明けたその日のことを、わたしはいまだに忘れられない。


 そして生涯、忘れることはないだろう。


「あれ、岡本おかもと?」

「な、なんだお前、それ!」


 朝礼前の教室。その入口で男子が金属的な、割れた声を響かせた。

 たちまちに人だかりができる。わたしはすすむの名前を聞いて、間髪入れずに席から立ち上がった。


 進は男子に裏でからかわれている。それは知っている。だけど普段はこんなに注目を浴びることなんてない。進、いったいどうしたの……。


 歩く。


 靴の底で、教室の木目を確かめるように。

 夕美ゆみ奈々ななが手で口を押さえている。瞳を、鼈甲べっこうのように濁らせて。

 黒山がそっと開く。「あきら、見てみろよ」って誰かが言って。



「おはよう、あきら」



 その声は、いつもの進の声だった。

 ごまかしもない。つくりものでもない。ただの、平板な声。


 そしてわたしはガクンと両膝をついた。心臓が早打ちをした。その鼓動が誰かに聞こえてしまうのではないかと思うほどに、教室の中の時間は縫い止められていた。


「進……」

「どう。これで、大丈夫かな」

「どうって……」


 そんな。

 こと……どうして。


 わたしは膝だけで歩き、進のふとももにしがみつく。


「ああ……あぁああぁああぁあ……!!」


 一瞬で視界が水色に落ちた。涙が。流れて、鼻から口へと滑っていく。進の制服はザラザラとしていた。それを頬全体に感じた。特別なものなどなにもない。進のお父さんとお母さんがきっと、進に楽しい高校生活を送ってもらいたくて買ったのだろう制服。


 進の瞼が、二重になっていた。


 いびつな二重。地味な顔に似合わない。そこだけがアリジゴクのように際立っている。進が整形手術を行ったことは明白だった。進はわたしに迷惑をかけたくなくて、二度と治すことのできない変化をその瞼に刻みつけてしまった。


「うぁあああああぁああぁぁぁあぁぁあ――――!!」


 天を仰いでも仰いでも。

 涙は許してくれない。


 進を好きだと言えなかったわたしの弱気を、けして許してはくれなかった。

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