Dear K

達見ゆう

憧れの君へラブレター

『Dear K


 名前も知らないのであなたをこう呼びます。トレーニングウェアにKの刺繍がしてあったからです。

 夜中のランニングコースであなたを一目見た時から魅力的な女性と感じておりました。声をかけたいと何度も思ったのですが、不審者と思われるのが怖くてこうして手紙をしたためた次第です。


 凛々しく走る姿、引き締まった身体、端正なお顔、何もかも素敵です。

 よろしければ下記のLINEに連絡をください。


 @@✕✕hasumi』



「で、これを憧れの深夜ランナーの君へ渡したのですか」


 週末、すっかり恒例となった蓮見先輩こと瑠璃子先輩とのメイクレッスン後の宅飲みの最中に手紙を読ませてもらった私はどっからツッコミを入れていいのかため息をついた。


「そうなのだけど、読まれる前に速攻で『あたし、普通に異性しか愛せませんから』と逃げちゃって」


 落ち込んでいるのは秋冬限定でゴスロリしている瑠璃子先輩こと蓮見先輩だ。今のセリフからして瑠璃子先輩の格好で渡したのか。


「兄貴、ツッコミどころ満載だぜ。いきなり手紙を渡す、女装姿で正体出さない、いや、普通の格好だとそのままストーカー、春夏だとわいせつ物陳列罪もプラスで警察直行。ラブレターの中身もツッコミどころ満載だけどそれ以前の問題だ。女性にとっては恐怖だったんじゃね?」


 弟の佳樹さんが容赦なく私の言いたいことを言ってくれた。彼は性同一性障害で元女性でもあったから女性の気持ちもわかるのだろう。


「あと、瑠璃子先輩、Kの刺繍は名前ではなくブランド名だったのじゃないですか? 例えばカルバーク・ラインとか。出してるか知らないけど」


 二人で容赦ないダメ出しをしていると彼、いや彼女はしくしくと泣き出した。ま、今は女性だからいいけど蓮見先輩のままだったら情けないと思う。むしろ、泣いているのが憂いを含んだ女性と思うと……。いかん、もしかしたら、私は新しい扉を開きかけてるのだろうか。


「頭文字Kのスポーツメーカーねえ、あったっけ?」


「いや、もうそれはいいでしょ。瑠璃子先輩、性癖以外にもモテない原因ありまくりですよ」


 私は二本目の雪中ストロング梅を開けてスナック菓子を開けた。何でも新発売で、雪の中に埋めた梅を使っただか、雪の中で保管した梅酒仕様だか忘れたがとても美味しい。でも、ストロングだから飲み過ぎに気をつけないとならないけど。


「じゃあ、聞いてみるけど何が足りないのよ」


「そもそも先輩、女性にモテたいのですか? 女装して男の娘として生きたいのですか? まずはそっからでしょ。今回の行動や性癖からして彼氏が欲しいのか、彼女が欲しいのか、ブレてますよ」


「全てを受け入れてくれる人……」


「それは無理」


 私と佳樹さんの声が被った。


「いっそマッチングアプリでそういう性癖の集う人のところへ……」


「いや、よく考えればここに一人いるじゃん」


 佳樹さんが私を指して言った。彼もかなり酔っている。新発売の雪中ストロング梅味を六缶セットで買ったら美味しいので、皆していつもより呑むペースが上がっていた。


「春夏の趣味も秋冬の趣味も知っていながら、こうして宅飲みしてズバズバ言う人って貴重じゃない?」


「うーん、同志ではあるけれどその発想は無かったわねえ」


「同志?」


 しまった。佳樹さんは勘違いマッパ疾走事件は知らない。普通はドン引きされる。


「まあ、春に走ってるのを見かけたからね」


「せ、先輩あれは勘違いというか、夢遊病みたいなものでマッパで歩く趣味ないです」


「あら、じゃ、なんでよくコンビニなどで出くわすの?」


「腐れ縁、いえ、瑠璃子先輩になら会いたいからです。堂々とコンビニにでも公園にでも警察気にしなくて済むし」


 雪中ストロング梅二本目を飲みきった私は三本目を手を出してぐいーっと飲む。佳樹さんが止めようとしたけど、間に合わなかった。


「あ、それ俺の分……」


「あとで買いに行きますよぉ。瑠璃子先輩は綺麗ですよぉ、なんで秋冬だけなんすかあ。あー、春が来て欲しくない」


 さすがに良いが回ってきたので開けたスナック菓子とチョコレートを口にする。甘い物はアルコールの分解を早めると聞いたからきっと酔いが覚めるはず。アーモンドチョコを二個同時に口に入れて、ひたすらしゃべり続ける。


 ちなみに私の記憶はここまでだ。甘酸っぱいストロングに甘い物はちょっと合わないかなと思ったところまで覚えている。




『だいたい、自分がわからないのです。相手は男の人だからノーマルなのかと思うけど、蓮見先輩は普通に先輩ですし、瑠璃子先輩にはときめくけどレズなのかオトコの娘好きなのか、もう性癖なのか元々そうだったのか、新しい扉開いたのか訳分からなくなって……ぐー』


『ねえ、佳樹、これは告白なの?』


『さ、さあ。少なくともかなり特殊な性癖持ってしまったみたい。普通は勘違いでもマッパで走らないけどさ』


『まあ、あれを見て同志と思ったのだけど勘違いねえ。でもいろんな頼み事は聞いてくれたからいい子ではあるけど』


『俺、勝てそうな気がしなくなってきた』


『何の話?』


『いや、こっちの話。とにかく毛布かけて寝かせておこう』



 スマホアプリの音声はここからは寝床へ移動したのか二人の会話は聞き取れなくなり、バッテリー切れを起こしたのか突然途切れていた。


 今、わかっていることは、酔っ払いすぎてベラベラ喋ったこと、なんかの拍子でスマホアプリの録音機能が起動してたこと、そして勘違いマッパ事件や瑠璃子先輩へのややこしい感情を二人に話したことだ。


 どうりで朝起きたら二人とも目を合わせなかった訳だ。少なくとも明日からの職場で蓮見先輩とどう接すればいいのだろう。

 私は頭を抱えるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Dear K 達見ゆう @tatsumi-12

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ