ハッピービターバレンタインデー
夏秋郁仁
とある男子高校生の苦難
バレンタイン前日。
「はー……告白、やめとこうかな……」
俺は夜の公園で一人、唸りつつ頭を抱えていた。明日、クラスメイトに告白するか悩んでいるのだ。脈はある気がしてるけど、やっぱりフラれるのはなぁ……
「うーん、フラれるの怖いし、止めとくか……」
臆病と言うやつは言え。慎重で何が悪いんだ。
そう開き直りかけた俺の耳に女の声が届いた。
「あ、ここの公園とかいいんじゃない?」
俺の座っているベンチの、ちょうど裏あたりから聞こえる。
「……まあいいと思う」
なんだカップルかよ!!
平坦な男の声に舌打ちをしかける。
夜に公園で二人きり! あーあーいいご身分ですこと!
「よし、じゃあ座って話そう」
涙をこらえつつも聞き耳を立てる。だってエロいこと始めるかもしれないしね。
「えっと、一つ目の質問ね」
「うん」
「好きな人が、こう、あるじゃん」
ある?? あるって何?
「もしそれが小さくなっても、好きなの? 可愛いとか思うの?」
好きな人それ扱い?!
「うん、僕はそう思うよ。例え夜に『今から公園で好きな人について話そう』っていきなり呼び出されても好きだし可愛いと思うよ」
平坦なくせに甘く熱い声。微笑んでるんだろうなぁと容易く想像できる。
うわぁ……この男、女の方を好きなんじゃん……カップル氏ねって僻んでごめん。
全く関係ない俺の同情を買ってる男の告白の返答は
「え、そんな頭おかしい人がいるの!?」
だった。お前だよ?
「そんな人とは付き合わない方がいいよ……? 私から言ってあげようか?」
いや、お前だよ……え、違うのか?
本気で言っているらしい女の声に不安になる。もしかしたら男にはこの女くらい非常識な知り合いがまだいるのかもしれない。可哀そう。
「うん、やっぱりめちゃくちゃ鈍感で馬鹿で面倒でお前だよって言いたくなってもやっぱり可愛いし好きだなぁ」
お前じゃん!!! 女!! 気づけ!!
「趣味悪いね……知らなかった……」
辛い。俺なにも関係ないけどすごく辛い。泣きそう。
「うーん、そんなに趣味悪い人に質問しても私の望む答えは得られるのかな……」
聞こえてる聞こえてる聞こえてる! 胸に秘めとけ! 俺に聞こえてるってことはその男にも聞こえてるからな!?
「二つ目の質問はあるの?」
「あ、うんえっとね」
男が健気過ぎてヤバい――
「私好きな人ができたんだけど」
「は?」
ヤバい吐きそう。ストレスがマッハ。この空間重たい。
一瞬で闇をはらんだ空気に、しかし女はマイペースに続ける。
「でもその人には好きな人がもういるの。という訳でその男の子にまじないをかけたいんだけど、いい本知ってる?」
まじないってなに?? いい本って黒魔術の本とか? 欲しいの? というか好きな男にまじないかけるってどういう思考回路を経た??
「うーん、呪い殺してもいいなら手伝うけど」
「殺すのはちょっと……」
女ァ! なに引いてんだよお前だよ! 男がそんな発想になった犯人はお前だよ!!
「君が好きになった人ってどんな感じなの? 僕も知ってる人?」
相変わらず重たい雰囲気だが男は会話を続ける。ファイト!
「えっと、すごく優しい」
「僕より?」
「すごくカッコいい」
「僕より?」
「ちょっと距離が近いけど近くにいると安心する」
「僕より?」
あ、これ男の方もわりと頭おかしいわ。怖いわ。
「何より私のことを馬鹿にしないの。ちゃんと話を聞いてくれるの」
……これ、まさか。
「でも、私のこと好きじゃないの。他の女の子を可愛いとか好きって言うの」
……クソ。
「いろいろ理由をつけて会って話しても、変わらないの……」
……クッソォ!! これ女も男が好きなんじゃん!! クソ! 頭おかしい同士すれ違っとけボケェ!!
悲しそうな女の声を振り切って、俺は苦々しさにツバを吐きつつ駆け出した。
***
そんな訳で後日。キレて帰ってしまったので、その後どうなったのか俺は知らない。知らないが、学校帰りに聞いたことのある声がして、クール系の男側にめちゃめちゃ睨まれたので仲良くやっているのだろう。
……気付いてたなら逃して欲しかった。
あ、あと俺は結局クラスメイトに告白した。あんなにヤバい二人の話を聞いていたら「好きです」って言うくらいどうってないような気がしたから。
あんなにビビっていたのにアッサリ成功して、やっぱり想いは言った方がいいんだなぁと思った。まる。
あんな精神の削れるバレンタインが二度と来ないことを願って、俺は隣の彼女の手をそっと握る。
あの日の苦々しさは全て消え失せ、温かな手のひらからは甘さだけが伝わったのだった。
ハッピービターバレンタインデー 夏秋郁仁 @natuaki01
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