僕は空腹を望まない

多賀 夢(元・みきてぃ)

僕は空腹を望まない

 ここ最近、郵便が届くのが怖い。特に角2サイズの封筒が怖い。

(来てる)

 出かけて帰ってきたら、でかい封筒がドアポストのスロットに突っ込まれていた。家に入る前に、封を切って中を見る。

『誠に残念でございますが、今回の採用は見送らせていただく事になりました。今後の就職活動にてご多幸があります事をお祈りしております。』

 送り返された履歴書と、同封されたお祈りの手紙。

 ――どうしよ。派遣クビになってから、全然次が決まらない。

 僕の両肩に、この3か月で何度目かの絶望が伸し掛かった。



 玄関を開けると、中から話し声が聞こえてきた。

「はい。いやーそうですけど。――確かに、テーブル構造には忠実だと思うんですよ。でも画面のレイアウトとしては、使う人が気持ちが悪くないですか」

 同棲相手の由香が、会社の人(多分)とリモートで話していた。話しかけそうになった僕はぎゅっと口を結び、ダイニングの椅子に静かに座った。スマホの音をミュートにして、ゲームアプリを立ち上げる。

 由香はプログラマらしい。『らしい』というのは、僕には経緯がよく分からないからだ。

 由香も、半年前に派遣切りに合った。しかしあちこちに電話をかけていたと思ったら、その半月後には「仕事見つけてきた」と言ってきた。聞けば、以前の派遣先に出入りしていた業者さんの、そのまた知り合いから仕事を貰えたらしい。……よく分からなくて何度も聞き返したが、やっぱり作り話にしか聞こえない。

「――では、それで調整をお願いできますかね。いえいえこちらこそ。では失礼します」

 リモート会議を終えた由香に、僕は恐る恐る声をかけた。

「ただいま。お茶とか、いる?」

「お帰りー。いる! あっつい緑茶飲みたい!」

 僕はコンロに置かれたヤカンを振り、たっぷり水が入っているのを確認した。それを再びコンロに戻して火を入れる。

「由香。入社してすぐの人間が、あんな口の利き方していいの?」

「ん? 何の話?」

「いや、今、先輩か上司か分かんないけど、意見してたから……」

 由香はきょとんとした顔をして、それから軽く肩をそびやかした。

「いいのよ。設計がおかしいの黙ってたら、客先にとんでもない物を売りつける事になるから」

 ダイニングにやってきた由香は、肩をもみながら僕の席の正面に座った。

「いい物を作れば高く買ってもらえるし、そうすれば私の給料だって上がるから。だからガンガン意見言って、ガツガツ技術も磨かないとね」

 そういいつつ伸びをしていた由香は、途中で動きを止めた。

「また返って来たんだ、履歴書」

「うん。やっぱ落ちた」

「きっついなー」

 由香はテーブルに肘をつき、頭を抱えた。ヤカンの笛が激しく鳴る。僕はガスの火をぎこちなく止めた。

「ええと? 今受けてるのってあと3社だっけ? それ全部落ちたらさ、もうアルバイトに切り替えた方がよくね? あとはあれだな、年度明けに職業訓練始まるから、今のうちに申し込むとか。あれは1か月前が締め切りだから、そろそろ申し込まないとまずいな」

 由香は天井を睨んで考えながら、早口で色々とまくし立てた。僕はなるべく無表情を装って、痛む胃をこっそりさすった。

「僕は、そこまで頑張れないよ」

「いやいや頑張ってよ。もう少し必死になろうよ、生活かかってんだよ?」

「それは、分かってる」

 分かってるけど、僕は由香ほどハングリーじゃない。



 数日後、また新たな会社に面接に行った。今までと同じ工場系だ。

 工場系は給料が安いところが多い。だけど黙々と淡々と作業をするのが好きな僕には、これが適職だと思っている。

 この日、面接は2人同時だった。もう一人は、新卒かと思うほど若い。

「では、あなたの長所を教えて下さい。まずは田中さん」

 もう一人の人が示されて、その人は勢いよく返事をした。

「はい!私の長所は、何にでも前向きに取り組めることです!」

「ほう、前向きね」

 面接官が、淡々と答える。

「友人には、ハングリー精神旺盛だと言われています!」

 僕は相手の顔をそっと覗き見た。目がギラギラしているところが、なんだか由香に似ている。

「ではもう一人の方。斎藤さん」

「はい、私は――」

 一瞬、これを言ったら嫌味だと思った。だけど、僕を表す言葉はこれしかない。

「僕は、ハングリーではありません」

 隣と正面から、僕に視線が注がれているのを感じる。口の中が乾いていく。

「コツコツと、丁寧に、きちんと、作業することが好きです。長所と呼べるかはわかりませんが、僕の仕事のやり方はそれしかないです」

 由香のように、新たな物を作る事はできない。がつがつと必死になる事も、僕にとっては辛くて苦しい。

 だけど与えられたことを大切に、丁寧に、忠実に守ってこなす事は、きっと由香には負けない。

「分かりました。では、二人ともありがとうございました」

 僕は椅子から立ち上がり、面接官に一礼した。


 受かる受からないは考えなかった。

 ただ、これが僕の本心だと認めたかった。

 僕は、間違っていない。そう信じたい。

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