アルテミスに恋をして
星美里 蘭
アルテミスに恋をして
何もない、美しい月夜の空だった。
「……なあ。お前って、何で猟師になったんだ?」
「ん?」
パチパチと爆ぜる薪木を崩し、また主の悪い癖が始まったと嘆息する。
「そんなこと聞いて、どうするんですか。後、私がなったのは猟師ではなく狩人です」
「……違うのか? それ」
「違いますよ。狩人は日頃必要なものを必要なだけ頂き、神に捧げるもの。猟師とは金銭を求めるために狩りを行ない、人に捧げるもの。少なくとも私がなったのは前者です」
火かきに使っていた枝を折って、火にくべる。それからチラと主を見れば、納得したように手を叩いてた。
「なるほどな……お前が毎度食前に呟いてたのはそれか」
「主が不敬なのですよ」
最後の薪を投げ込みながら指摘すると、主はバツの悪そうに「俺は
おおよそ、私には似合わなそうな上質で、それでいて耐久度の高そうな布を使った服。着飾る、というほどではないが、最低限着けられたアクセサリー。貧しく、狩りをするしかなかった私の村では見ることのなかった美しく、厳しい世界。
そんな世界の住人と、アルテミス様の見守るなかでふたりきり。あとにいるのは煙の臭いに怯える獣たちと、その熱に浮かされた羽虫たち。時々ひらひらと飛び込んでは、ふっと炙られ落ちていくだけ。
(――どうして私は……)
「――マルイラ?」
「……え? あ、はい、何でしょう」
いつの間にか火に呑まれていたらしい私を、主が呼び戻す。少し心配そうに私のもとに膝を着き、そっと私の手を握る。
「いや何、寂しそうにしていたから。それに、そんな火ばかり見つめるくらいなら、私を見つめてくれてんいいだよ?」
「……そうですね。灯ばかり見てはおかしくなりそうです。今日はもう寝ることにしましょう」
主の手からそっと抜け出し、寝床を整理する。今夜も、きっと冷えるだろうから馬車から多めに毛布を出しておく。
「今日こそは俺と一緒に寝てくれるだろう? 今夜は冷えるのだろう?」
「やめておきます。貴方と寝ると、寝相のせいで動けなくなる」
「えー、そんなー」
ブーブーと子供のように口を尖らせていつものように抗議する主を横目に、毛布を羽織って焚火を掻き消す。
「明日貴方を神に捧げていいならいいですよ」
「それはやめておこう。世界と俺の損失になる。おやすみ、マルイラ」
「おやすみなさい、我が主」
静かになった満月夜は、今日もアルテミス様が光り輝き、私たちを照らしている。
消えた焚火の残り香は、それでも熱を帯びていた。
アルテミスに恋をして 星美里 蘭 @Ran_Y_1218
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