理想の君と、不肖の私
多賀 夢(元・みきてぃ)
理想の君と、不肖の私
『毒親などと云う言葉は、メディアが作った単なる造語だ。世間には、そんなことを思っている人間は一握りもいないよ』
SNSに吐き出した思い出を、彼が潰そうとしている。実名は知らないが、実際に会ったことのある人。頭の固い私の友人。
『親にはきちんと孝行するべきだ。悪口なんて言っちゃいけない』
その文章を読むほどに、私の動悸が激しくなった。スマホで反論を何度も書いては消して、それを1時間も頑張った後、やっと一言返事をした。
『そうありたいです』
すぐに返信が来た。
『それが正しい常識だからね』
私はスマホを思いっきり床に叩きつけ、タバコを一本出して火をつけた。それを一口吸った後、火口を手首に強く押し付けた。脳天まで貫くような痛みに、私は背を大きく逸らして喘いだ。――
歪んだ愛を受けて育ってきた。
金にも飯にも困らなかった。病気になったら助けてくれた。それを当然とは思っていない、それでも私は親に感謝などできない。
父は冗談で私をいたぶった。父のお気に入りの遊びは、私をすっぽり布団で挟んで、上から勢いよくのしかかる事。窒息しかけて暴れる私を、父は大笑いして楽しんだ。やめてと懇願したらもう一度、また懇願してももう一度。
ただいまの代わりに拳骨が降り、豚だのクズだのと私を呼び、泣きべそになる私を見てニヤついた。
母は何をやっても満足しなかった。テストで最高点を取ろうとも、絵で賞を取ろうとも、「なんでもっと完璧にできないの」と叱った。作文で母に叱られたことをそのまま書いて、『甘えた子供でごめんなさい。もっといい娘になります』と書いたら校内で賞を貰った。しかし母は、「なんて恥ずかしい事を書いたの」と更に怒った。
私に初めて彼氏が出来た時、父は「無料で堕ろしてやる」と私の腹を散々に蹴った。彼とは、まだ手を握っただけだった。
私が初めてバイトでお給料をもらった時、母は右手を差し出した。「普通の娘は、親にお金を渡すものよ。お母さんは、いつになったら普通の娘を持てるのかしら」
二人は揃ってこう言った。
「「親というのは、子供に普通の大人になって幸せになって欲しいだけ」」
大人になって、精神にも体にも病気が現れた。
両親はストレス性の病気には理解がなく、「気合が足りないだけ」だと鼻で笑った。
このままでは死しかないと悟った私は、ぼろぼろの状態で逃げた。
私はもう、普通であることを捨てた。親の望みを裏切った。
――タバコの熱で絶叫しまくった私は、それで更に親への恨みを募らせた。
父は一度、私の眉間にタバコの火を押し付けようとした事がある。母も一緒になって組み伏せて、勉強をしない私を脅そうとしたのだ。
あの時、父はほんの数ミリまでタバコを近づけて止めた。だけどもしあの時、私が暴れたりして火が額に当たっていたら。絶叫するほどの苦しみを、いつまでも残る痕を、父は想像できていたのか。母は理解できたのか。
涙が噴き出して、大声で泣いた。隣の部屋に聞こえようが、そんなのお構いなしだった。SNSの彼が私を真面目な顔で窘めるように、どんな他人にも私の苦しさも味わった恐怖も【親の愛】で美化され片付いてしまう。そんな場面に、もう何度直面した事だろう。そのたびに、何度自分を痛めつけてきただろう。
私はSNSのアカウントを消した。
今後、私の過去は一切語るまい。突然記憶が蘇り襲い掛かってこようとも、涼しい顔をして耐えて見せよう。
私はとっくに普通ではないのだ。だから親不孝者でいい、不良で不肖のクズでいい。正しさなんて、ばかばかしい。
理想の君と、不肖の私 多賀 夢(元・みきてぃ) @Nico_kusunoki
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