43 旅立ち

 よく晴れたある日、アルヴィ、クロエ、ミハイロの三人は村の外へ向かって歩いていた。

 村の境界にある門に来たところで、ミハイロが立ち止まった。


「うう、友よ! 君というやつは、本当にひどいやつだ! まさかクロエさんと旅に出るだなんて……君はいつも僕の先を行ってばかりじゃないか……」


 ミハイロは目に涙を浮かべながら握手をした。


「いちいち大げさなやつだな。すぐに戻ってくるから、安心しろ。研究の拠点もまだあることだしな」


「本当かい? だってクロエさんは百年前の王族――」


「ミハイロさん、その話は秘密ですよ?」


 クロエがミハイロの唇を指で塞いだ。

 ミハイロの頬が、ぽっと赤く染まった。


「く、クロエさん……」


「ミハイロ。俺とクロエの関係は昨日話したとおりだ。何も心配する必要はない」


「わ、分かっているとも……」


 昨日、アルヴィはミハイロに全てを打ち明けた。

 クロエが百年前の王族で、アルヴィは臣下になったこと。当面は失われた世界の歴史を探究する旅に出ること、そして奪われた国を取り戻すという、遠大な目標があることも。

 話を聞いたミハイロは、ただ愕然としていた。

 あまりにも見ているものが違いすぎる、と。

 クロエに抱いていた恋心も「身分違いの異性への憧れ」となってしまった。

 しかしそれでもミハイロは諦めなかった。

 ミハイロは伝えたい言葉をのみこみ、宣言する。


「僕はまだ未熟だ。クロエさんとともに歩くことはできない。でもいつか、必ず追いてみせますよ」


「私はやがて王になるでしょう。王とはすなわち、国を統べる者。ミハイロさん、その時が来ることを、楽しみにしていますよ」


 ミハイロもいつの間にか変わったな、とアルヴィは思う。

 そして自らを振り返る。

 自分は何も変わっていないな、と。

 ――研究をする。

 ――世界の文明を、数千年アップデートする。

 それが、それだけがアルヴィの望みなのだ。


「アルヴィ。いつでも戻ってきてくれ。君はエンドデッドの英雄だ。まさか領主があんなに改心するとは、皆が驚いているよ」


「それは俺も予想外だった。人というのは変わるものだな」


 謀略を重ね、アルヴィの命すら狙った男――領主アーバム。

 アーバムの力を背景にやりたい放題やっていた馬鹿息子――馬糞のルガー。

 この親子もまた、先日の事件を受けて変化を遂げた。


「村は全部領主の借金で復旧したし、村が発展するように、色々と努力をしているみたいだ。アルヴィ。君が来てからというもの、村がすっかり良くなったよ。税金も減ったしね」


「領主ぐるみで魔石の件を隠蔽するのだから、あるいは大悪党かもしれないな」


「そんなことはないよ。アルヴィの研究が、この村を進歩させたのさ」


 黒獣に蹂躙された村は復旧が始まり、アルヴィの魔石を用いた機械は厳重な管理のもとで複製、運用されることになった。

 しかし世界の権力者は、こうした運用を異端視している。


「あとは世界を変えるだけです。アルヴィの研究が『異端』のままでは世界の損失ですから」

「そうとも。アルヴィ、君の研究が世界を変えるんだ。僕は、君が造りあげる世界を見たいんだ」


 ミハイロはきらきらした瞳で見つめる。

 かつての人生でこんな反応をする者は、一人もいなかった。

 それはそれで問題はなかったが、こうして求められるのも悪くない気分だ。


「俺が造りあげる世界、か。……いいだろう。世界には俺の研究に、地獄までつきあってもらうとしよう」

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禁忌破りの最狂魔工士 荒岸雷穂 @SekiroSouls3

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