破 〈壹〉

あれからどのくらい経ったのだろう。僕達は何故か教室に居た。窓の外は既に暗く、街灯だけが点々と灯る。

「……なんで?」

彩華が目を覚ました。

「とにかく、ここを出よう」

彩華が大きく頷いた。

教室を出た僕の目に、『3年3組』と書かれた札が映った。僕達の教室だ。

長い廊下を小走りで駆け抜け、生徒用玄関までやって来た。だが、鍵が掛かっていてドアが開かない。

すかさず鍵を開け、外へ出る。校門の所まで来たところで、異変に気づく。

見えない壁に阻まれ、先へ進めないのだ。

「何、これ?」

彩華が、困惑した表情で僕を見つめるが、僕だって何が何だか分からない。

「あっ!あそこ!」

「えっ?」

彩華が指差す方向へ目を向ける。

「電気ついてる。あそこって職員室じゃない?行って見ようよ」

「そうだな、誰か居るかもしれないしね」

言い終える前に、彩華が走り出した。

僕も後に続く。

さすがに元陸上部のエースだけあって、彩華に追い付くことが出来ない。

3年生は前回の大会で引退したはずだ。だとしても速すぎるぞ。

ようやく追い付いたのは職員室の前だった。

肩で息をしながら、は~は~喘ぐ僕の横で、一切息を乱すことなく涼しい顔をして見せる彩華が、何故かちょ

っとだけ憎らしく感じた。

「運動不足ね。一緒に早朝ランニングでもする?」

「やんねえよ。てか、そんなことしてんのか?」

「当たり前じゃない。基礎トレーニングは必須よ」

「基礎トレ……って、引退したんじゃないのか?」

「引退したって、基礎は大事でしょ」

「そうなのか?」

「当たり前でしょ」

彩華が自信満々気にニヤリと微笑んだ。

「誰か居ますか?」

職員室のドアをカラカラッと開け、中を覗く。

明かりが点いているものの、人影はない。

恐る恐る中へ入る僕と彩華の足が止まった。ゆらりと揺れるカーテンと窓の間に人影を見たのだ。

「キャッ!」

彩華の腕が僕の腕に絡み付いた。と、そのまま僕を前に押す。

「なんで押すんだよ」

「だって、怖いじゃない」

「‥‥‥僕だって‥‥‥」

「情けないこと言わないでよ。男の子でしょ」

(こんな時だけ男扱いかよ!)

恐る恐る、ゆっくりとカーテンへと近寄りそっとめくってみた。

「‥‥‥先生‥‥」

「‥‥‥え?‥‥‥」

僕の後ろから彩華が覗き込んだ。

「先生‥‥‥森先生、こんな所で何してるんですか?」

「‥‥‥?お、おぉ、お前たちこそ何やってる?」

多少動揺してるが、少しだけ安心したような顔を覗かせ、森先生は続ける。

「どうしてお前たちがここにいるんだ?」

一瞬、彩華と顔を見合せた。

彩華の頭の上に『?』のマークが見えた気がした。

そして、僕はこれまでの経緯を簡単に説明した。



校長室の応接セットへ移動し、豪華な革張りのソファーに深く腰掛け、ゆっくりとコーヒーを喉に流し込んだ。

「先生、ここって私たちの学校ですよね」

彩華が不安げに聞いた。

焦る気持ちを押し殺し、僕達は黙って先生の顔を見た。

ちょっとだけ間を空けてから、ゆっくりと先生の口が動きだす。

「たぶん、そうなんだと思う」

「思うって、どういう事ですか?」

彩華が先生に詰め寄る。

「何もかもがソックリ、いや、同じってことはそういう事だろ?」

「‥‥‥」

彩華は納得してないようだが、僕達の学校だと思うことによって安心感を持てるなら、そういうことで良いのではないか。

「先生、僕達以外に誰か居ますか?」

森先生は、分からないというように首を左右に振った。

「お腹すかない?」

僕の耳元で彩華が呟いた。

壁に掛かってる時計の針は21時37分を示していた。

お昼の弁当を食べてから何も食べてない。

普段なら、とっくに夕食を食べ終えて自室でゆったりマンガでも読んでるころだ。

「減った」

応えたところで、食べ物がある訳じゃない。

だが、彩華は頷き、校長室を出て行った。

先生には色々聞きたいことがあった。しかし、その殆んどが先生にも答えることが出来ないのだ。

しばらくして彩華が大きな袋を手に戻って来た。

その袋の中身をテーブルに開ける。

パン、カップ麺、ジュース、缶詰、お菓子等々様々な食糧が所狭しと置かれていった。

「どうしたんだ、これ?」

「私達の学校ってことは、購買部も在るってことよね」

「まさか、黙って持って来た?」

僕は冷ややかな視線を彩華に送ったが、彩華はいたって冷静に、胸ポケットから学生証を出し得意気な顔を僕に向けた。

この学校では、学生証での電子決済が可能となっている。

「‥‥‥て、ことは、これ使えるんじゃない?」

「てか、いったい何日分あるんだよ」

ゆうに1週間分は余裕でありそうだ。


















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タケルの不思議な出来事 Kazu @kazu57

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