タケルの不思議な出来事

Kazu

           序

 朝食のトーストをかじりながら、向かい合わせに座っている、父が開く新聞へ何気なく視線を向けた。

『相次ぐ連続失踪事件』

そんな見出しになんだか心が騒ぐ。

「お兄ちゃん、早く!遅刻しちゃうよ」

隣の席でミルクを喉に流し込みながら、妹の陽菜が立ち上がった。

テレビの時刻は8時20分!

(ヤバい!8時25分のバスに乗り遅れてしまう!)

バス停まで急いで3分!

僕はスニーカーを慌てて履き、バス停へとダッシュする。陽菜を追い越したところで、バスが僕達の後ろに迫って来ているのを視界に捉えた。

なんとかギリ間に合った。

陽菜と並ぶように、一番後ろの席に腰をおろした。

バスの乗客は10人程度。この辺りは交通の便がよく、

私鉄、地下鉄、バス停が10分圏内にある。

10分程バスに揺られていると、学園前のバス停に停車した。ここから30秒で校門だ。

普段なら鉄道でも全然間に合うのだが、各駅から学園までいそいでも10分は掛かる。今日のように時間がない時はバスが便利なのだ。

「おはよう」

校門前に立つ生徒指導の先生が挨拶する。

「おはようございます」

陽菜が元気良く挨拶するが、僕はちょっと照れ臭そうに「ういーっす」と言うだけだった。

「おはよ!」

不意に背後から声を掛けられ振り向いた。

同じクラスの彩華だった。

学園のアイドル的存在で、同級生はもちろん、下級生からも毎日のようにラブレターが机の中に数十通忍び込まされている。

「彩華さん、おはようございます」

陽菜がニコニコしながら彩華と僕の間に割り込んできた。

彩華の家と、僕達の家は家族ぐるみでの付き合いがある。

「おはよ、陽菜ちゃん」

陽菜が彩華の腕に、絡み付くように甘えた声をだす。

「また、皆でバーベキューしたいな」

「そうね、近いうちにやろうか?」

「うん、絶対だよ。約束ね」

言って小指を彩華の顔の前に突き出した。

それに応えるように彩華が小指を絡めた。

「指切りげんまん、ウソついたら……何にしようかな?」

イタズラっぽく笑う陽菜を横目にした時、『キーンコーンカーンコーン……』チャイムが鳴った。

「早く教室入りなさい!」

校門前に立っていた生徒指導の先生が背後から大きな声で叫んだ。

「じゃあ、陽菜ちゃんまたね」

彩華は陽菜に微笑みかけながら僕の腕を引っ張り駆け出した。


教室へ入ると、下手くそな大きな文字が目に飛び込んで来た。

『自習』

「自習って、なんで?」

僕はカバンを机に置きながら、隣の席の田代に尋ねた。

「先生、休んだって」

「鬼のかくらんてやつか?」

「さあ、どうだかね」

「はい、みんな席に付いて!」

何故か教頭先生が入って来て一喝した。

「起立、礼!」

すかさず学級委員長が号令を掛ける。

「えー、本日、森先生は急用のためお休みです。静かに自習して下さい」

それだけ言って教頭は教室を出て行った。

「今、急用って言ったよな。急病じゃなくて急用って……」

田代は僕の言葉なんて聞いちゃいない。自習って、遊ぶ時間だと思ってるらしい。教室の後ろでサッカーのリフティングを始めた。

彩華が田代の席、僕の隣に来て呟く。

「ねぇ、帰り先生の所行ってみない?」

「何しに?」

「何か、急用って引っ掛かるのよね」

「だよな。僕もそこ引っ掛かってた」

「じゃあ、決定ね」

放課後の約束をすると、彩華は自分の席へ戻って行った。


放課後、彩華が校門の前で僕を待っていた。

先生のアパートは、ここから歩いても10分と掛からない場所にある。こうやって一緒に歩くのは何年ぶりだろう。小さい頃はよく一緒に遊んでたのに、小学校を卒業した頃から距離を感じるようになってしまった。

学園のアイドルと一緒に歩いてる……なんて思ってしまうと、ちょっとだけドキドキする。

こんな所をクラスの誰かに見られたら、完全にいじめの標的だ。

「ねぇ、ここじゃない?」

彩華が一軒のアパートの前で立ち止まる。

「たしか201号室よね」

言って、彩華が駆け出した。

その後を僕が追いかける。

「いい?」

『ピンポーン』

呼び鈴をおしたが、応答はない。

少し待ってから、今度は僕が呼び鈴を押した。

『ピンポーン』

やはり応答はない。

今度はドアをノックする。

『コンコン……コンコン……』

「先生!居ますか?」

ドアノブに手を掛ける。

鍵が掛かっておらず、スーッと開いた。

「……先生……?」

彩華が恐る恐る部屋の中を覗き、僕に向かって左右に首を振った。

「居ないみたい」

「まさか、部屋の中で倒れてたりしないよな」

僕が何の根拠もなく言うと、彩華は驚いた顔になる。

「えっ!ちょっと、やめてよね。変なこと言わないで!」

僕は睨み付けられる。

「お邪魔しま~す」

独り言のように呟きながら部屋の中へ入る。

やはり誰も居ない。

「先生?」

呟く僕の隣に、ピタッと引っ付くように彩華が制服の袖をつかむ。

「……先生、居ないね」

不安げな彩華の表情が愛おしく感じた。

と、その時、僕の耳に「シュー」という音が届いた。

「何か音しない?」

「えっ?……別に……」

彩華には聞こえてないみたいだ。

「こっちだ」

僕は音のする方向へ歩を進めた。

風呂場だ。

「先生!」

勢いよく風呂場のドアを開けたが、先生の姿は無かった。湯気で室内が充満している。

『シュー』という音はシャワーの音だった。ノズルを戻し、シャワーを止める。

そこで僕達は意識を失った。意識を失う前、湯気の向こうに人影を見たような気がした。
















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