匙と雪と月・Ⅱ

 翌日、僕はあの匙に一筋の想いを乗せていた。あの匙を握りしめ、21時。家を出ようとドアを押す。外に出る。そこはもう既に森の中だった。昨日と同じく、さっきまでいた家は後ろには無い。隠れ家へ走る。真っ直ぐに。隠れ家は昨日と同じように開いていた。昨日と同じく紫髪の魔女がいて、彼女を助ける綺麗な白髪はくはつをした人。そして僕ら。そこでは特に何かをするということはなかった。ただ、彼女と集まった人がわいわい雑談をする。それが楽しかった。毎日来たい。そう想った。毎日、いつまでもここに来続けたい。そう想った。


 彼女はいつも紅茶を僕らに淹れてくれた。彼女はいつも楽しそうにその紅茶について語るんだ。僕は紅茶なんて飲んだことなければ、その知識なんぞ、持っている。なんてことはない。彼女の楽しそうに話す紅茶の話にはつい聴き入ってしまった。

 それからは毎日、毎日通った。彼女の話しだけでなく集まった人との間での雑談。そこで出会った人と会うのも楽しみになっていた。


 そこで出会った女の子が、とある人をオススメしていた。その人は朝6時に家を開けそこでまた人とわいわい喋るそうだ。そこでは、また新たな出会いも生まれる。僕と同じ趣味を持つ人もいたりとか。通い始めて一ヶ月が経とうとしていたころ、また新しく人と出会った。人の和というのは素晴らしいもので、ひとつ繋がりができるとまたそこから新しい繋がりが幾つにも作られる。そしてその繋がりはより強く残る。それが楽しかった。それが通う楽しさでもあった……


 しかし、物事はそう上手くはいかないのだろうか……ある日から「close」の日が増えていった。日に日に「close」は増える。そしてきっぱりと、隠れ家は息づくのをやめた…………

 そして、隠れ家はいつの間にか姿を消していた。人は大きな重圧には耐えられない。

「僕にもみんなにも頼っていいんだよ、僕も頼りたいときはとことん頼るからさ」

 僕はいつもこう言っていた。でも、これはやっぱり僕の強がりだったんだろうか、あれから僕は空回りしているのだろうか、気分を上げて少々騒いだかと思えば、家族が死んだかのように虚無になったりもする。人は哀しみの感情を断ち切れる程上手くは出来ていないのか……積み重ねるとまた辛くなるその度空回ってまた虚無になる。僕も、みんなも隠れ家は戻ると心の中で信じている。これが僕らにとって都合の良い思いかもしれない。でもそれで良いのだ。また彼女が僕らの前に現れるのを待つ。僕らには今、それしか出来る事はない。だから、僕は、僕らは、いつまでも、貴方を待ち続ける。

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匙と雪と月 野田 琳仁 @milk4192

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