匙と雪と月

野田 琳仁

匙と雪と月・Ⅰ

 その日は雪が降っていた。この地域では珍しくも、粉雪を美しく降らせていた。そんな珍しい雪に僕はつられて夜中、外に出た。息が白い。両手で作った器にふわり、と雪が降り注ぐ。ふと空を見上げる。見慣れない木々の間から月光と雪が降り注ぐ。辺りを見渡す。

 ——何処だ、ここ。

 確かに先程までは住宅街に居た。街路樹はあった筈だが、明らかに街路樹では無い。間違いなく、森林。雪が降る中、月明かりに照らされるも、すぐに月は雲に陰る。向こうの雲の合間から月明かりが差している方に自然と脚が動く。迷い込んだ事への焦り、不安は不思議と無い。

 光を追う。光を追う。光は逃げる。光は見えない。ただ、一直線に追う。光に惹かれ、光に追いつこうと走る。走る。光が見えた。もうすぐ、もうすぐ追い付く。僕がその光を追うのは迷い込んでしまった事への焦燥では無い。毅然とした僕の探求心だ。いや、どうだろうか。本当はその焦燥をその探求で隠そうと心のどこかで思っているのかもしれない。そんなことを思いながらも、見えた光を追った。

 光に追いついた。僕は走るのをめる。雪が降る中月が照らしているのは、一軒の家だった。あの雪と月光が僕をあの隠れ家へと連れていったのだろう。今でもそう思っている。


 白い息を吐きながら、その家へと歩み寄る。入り口のドアには「open」の文字がある。部屋明かりもついている様子なので開いているであろうとそのドアノブに手をかけ、中に入る。そこには沢山の人が居た。その中の一人、紫色の髪をしていかにも「魔女」というような帽子とローブを羽織った女性が、

「いらっしゃい。今日もお疲れ様です」

 と出迎える。外が寒かったというのもあり、この部屋が暖かく感じる。

 ――我が家のような空間だ。

 そう思った。そこにいた人達は何も疑問などはない様子で僕を受け入れる。紫髪の彼女は自らのことを話す。自分がこの森の魔女だということ。紅茶とアップルパイが好きだということ……

 そこにいた時間はとてつもなく早く感じた。23時、「close」の時はすぐにやってくる。紫髪の魔女はそのふわふわしたような、透き通った声でその場にいる人達一人一人の名を呼び、「来てくれてありがとうございます」そう言って隠れ家を閉じる。


 外の寒い空気にポケットへと手を入れる。ポケットには何か入っている。金属。細く平たい……匙だ。匙がポケットに入っていた。そういえば、と思いだす。夕飯にシチューを食べた。食べるのに使用した匙を持ったまま雪の降る外に出た。そして、ここに迷い込んだ。

 森を抜ける。森を抜けるとよく見る近所の風景だ。はっと後ろを振り向く。ただのいつもの住宅街が見える。夢……幻……いや……――

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