老婆
老婆は当時のことを思い出しながら、鬼子に語り続けた。
「幼い頃から、私ゃ父親に、良く聞かされていたのだよ、イワマ山の鬼の伝説をね・・・・」
「この家のそばにある道をしばらく進むと、左右に分かれる道がある。左に行けばそのまま山の間を抜ける道になる。
右に進むと岩に囲まれた険しい道になる。その右の道を進むにつれ道は細くなり足元はごつごつとした岩ばかりの道になり深い森の中へと入っていく。
とても、人の足で行けるものではないのだ・・・・しかし、興味本位でそこまで行くと、鬼に出くわす前に、山々に住む、獣や、幽霊、さらには妖怪たちとも出くわす者もいるとも言われていてね・・・・。
途中で、何度か下山するための道があるが、さらに山道を進むと、幾つもの石つくられた祠がいくつも置かれていて、その先に百歩ほど進むと、二つの巨石が道を挟むように地面から突き出る様にそびえ立っている。そこから先に行ったならば、いくつかの掟を守らなくてはいけないと父親から教わった。
一つは、大声では話さないこと。
二つ目は、刀や、矢の様な鋭利な鉄や槍の様なものは持ち込まない事。
三つ目は・・・・そこで獣や野鳥に遭遇しても危害を加えない事・・・・だったはずじゃ」
老婆の言葉に、鬼の子は頷いた。
*
そんな父の話を聞いて育った私は、好奇心がいっぱいで、イワマ山のふもとまで遊びに行ったことがあるんじゃ。あれは、七つか八つの歳の頃だった。
二歳年上の比較的に家が近かった、勘助という男の子を連れて山に近づいてしまったのじゃ。
二人とも親には、あのイワマ山には近づいてはいけないと教えられていたよ。しかしね・・・・二人とも好奇心が止められなくてねぇ。勿論、あの険しいイワマ山を登りきるつもりなんて無かったよ。ふたりとも、子供だしね。ほんの出来心さ、二人ともね。川のほとりを歩き最初はのんびり散歩気分だったのさ。その先に進むと草も鬱蒼と覆い虫の鳴き声と川の流れる音がかすかにきこえるていどになってきてね。この辺から、とても大きな樹々に囲まれて、太陽の光が差してこない場所も所々って、夏だというのにヒンヤリと冷たい空気に包まれていたことを覚えているよ。歩く足が自然と遅くなっていた、二人とも気味が悪くなってしまっていてね。
『帰ろうか・・・・』
と、二人同時に、そう言ったのを覚えているよ。すると、茂みの中から、ガサガサという草をかき分けるような音がして、その後間もなく、ドスドスと重々しい音が聞えてきたのだ。慌てて振り返ると、そこに居たのは巨大な猪だった。
人の大人の背丈よりもでかく感じたよ。
私はこの時、本当に後悔したわ、命がここで終わると思ったからね。あまりの恐ろしさに声も出ず動く事すらできなかったものじゃよ。
重々しい足音が近づいてくると、私の横にいた勘助の腰のあたりに体当たりをしてきたのだよ。
勘助は後方にすっ飛び、背後にある大木に背中を強く打ち、気絶してしまったのだ。すると、その巨大な猪は、凄い鳴き声を上げて、私に向かって突進していたのだ。
私は眼をつむり、心の中で‘‘助けて,,と叫んでいた。
突進してくる猪の地鳴りのような足音を聞きながら、もう終わりだと感じた。 すると、突進の足音が突然、私の近くで消えていた。
そっと目を開くと、その巨大な猪の胴体を覆いかぶさるようにしがみ付く男の背中が見えたのだ。
私の眼には、その男が人とも思えぬデカさだった。腕も太く足も太く赤黒い肌をしておった・・・・・。
私ゃ思ったよ・・・・あれはイワマ山の鬼だってね。
伝説の鬼の姿を見てしまった・・・・てね。
猪は、覆いかぶさる鬼の腕を振りほどこうと身体を左右にぶんぶん振って、抵抗していた。
その猪の力もかなり強いようで、あのぶっとい腕と脚をした鬼の身体が何度か浮き上がっていたのだよ、しかし鬼は猪の胴体から腕を話すことはなかった。
凄い力で前進する猪、鬼は押され、後方へとおいやられ、地面には鬼の二つの足が引きずられた跡が長く長く続いた。
『ぐうぅぅ』
と、言う鬼の唸り声と共に、激しく暴れていた猪の動ききが止まったのだよ。鬼は猪の胴体を両腕で強く絞めつけていてね、そのまま猪を高く持ち上げて、その状態から地面に叩きつけた。
ドスンッ!!
という鈍いおとが森中に響いてね
鬼は大きな拳骨で、猪の頭を叩きつぶすように上から殴ったの。
鬼の拳骨は猪の頭、人間でいうコメカミ辺りにメリ込んでいて、猪は地面に横になったまんま、ぴくぴくと身体を二、三度振るわせていたよ。
鬼は横たわる猪をじっと睨んでいると、戦意を失った猪はむくりと立ち上がり、観念したのか、おずおずと茂みの中へ帰っていったのだよ。
その後、鬼は一度、気を失っている勘助の姿を見つけて、勘助の方へと歩いて行った。
(勘助が喰われる!!)
そう思ったよ。
鬼は、大木に寄り掛かるように気を失っている勘助を直立の状態で見下ろしていると、「ううぅぅぅっ――」と勘助が声を上げた。
勘助は無事だった。
鬼は勘助が生きている事を確認したからか、まだ眼を覚まさない勘助に背を向けて、その場から立ち去ろうとした。
その鬼の姿をみて、つい私ゃ、その鬼の背中に震える声で‘‘ありがとうございます!,,と言っていた。
すると鬼は足を止め、一度振り向いて私を見たのじゃ。
切れ長で大きな目だった。金色に輝く眼だった。
耳まで裂けているような大きな口からは牙が見えていた。
首の根っこまで伸びた髪の毛の色は、肌の色と同じように赤かったが、木漏れ日に反射していたせいか、肌の色より少しばかり明るく見えた。
額の髪の生え際に二本の角が突き出ていたんだ。これを鬼と言わずしてなんと言うのか・・・・・・。
鬼妙丸 ―羅刹の子― 成海 要 @yokukakureiwa
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