鬼の襲撃 其の三
村を襲撃し、三度目の騒動を起こすことに成功した鬼子と呼ばれた少年は、村の中心部から、木から木へと飛び移り、屋根を素早く走り、またもや木から木へと飛び移った。
そして茂みの中へと身を隠しながら、村の北西の方へと歩みを進めた。
鬼子は、村の中心から最もイワマ山に近い、一つの家が眼に入った。
後ろを振り向くと、遠く向こうに松明の火がゆらゆらと動いている。
鬼子は、村のはずれのこの家の中を覗いて中を確かめることにした。
蔀戸を手で押し開け、中をのぞいて辺りをみわたした。
目を凝らし、耳で物音がしていないか集中した。
中は暗闇で誰もいるようには感じなかった。
(この家の者も、奴らと同じように家を出て俺を探しているところか)
鬼子はそう思って、木刀を握る力を緩め、入口へと向かった。
喉の渇きを感じ、水壺の蓋を開けようとした時だった。
「アンタが、イワマ山の鬼子かね」
と、言う声が家の奥から聞こえた。
誰もいないと確信していた鬼子は驚き、即座に木刀を握る手に力をこめ、声のする暗闇の奥を睨みつけた。
「どうした?水を飲みたいのだろう・・・・好きなだけ飲みなされ」
その声からは敵意や恐怖の様なものは感じなかった。
少しずつ、その声の主は前へとやって来た。
月明かりが差す、その場所まで前に歩みを進めてくると、その姿がぼんやりと見えた。
鬼子の前に現れたのは、白い髪を後ろに束ねた一人の老婆だった。
「ずいぶんと、この村で暴れているようだね。いったいどうしたっていうのかい・・・・何の理由もなく、こんな騒動をおこすはずもあるまい」
鬼子は木刀を構えているが、老婆の言葉があまりに優し気に感じたため、少しだけ力が抜ける思いだった。
「ささ、水を飲みなさいな」
老婆がそういうと、鬼子は水壺の蓋を開け尺に水をすくい、一気に飲み干した。
ふぅ、と息を一つ着くと、老婆が頼もし気に微笑んだ。
「ここの村もね、昔はもっと鬼の存在を信じていたのだが、最近の若いもんは恐れを知らんからね・・・・」
そう老婆は話を続けた。
老婆からは目の前にいる鬼の子に対する警戒心がまるで無いようであった。
「村の若いもんは、私たちの様な年寄りの言葉など信じんからのぅ・・・・なんか馬鹿なことでもへいきでしよったんかのぅ」
「・・・・・・」
鬼子は何も言わず、もう一度、尺で水をすくい水を喉に流し込んで口を拭った。
「わしは見ての通り、足も悪くなり目も不自由なもんで、村の騒動を聞いたってなんもすることが出来ん、村の
「婆さん、あんたは俺を怖いと思わないのか?」
「怖くないと言ったら、嘘になるのぉ・・・・」
「大声を出して、助けを呼ばないのか?」
「呼ぶ必要があるのかい・・・・」
「・・・・・・」
「アンタが何かをしたからと言って、わたしゃ、何をする
確かに足も眼も不自由そうだし、自分から声をかけてきたのだから今更、逃げも隠れもする気はなさそうだった。
「しかしね・・・・鬼様が、まだいたとはね・・・・」
「鬼様・・・・婆さん、あんた本当に鬼がいると信じているのか?」
「信じるも何も、私は鬼を見たことがあるからね」
老婆の顔が、懐かしい思い出に浸るように、微笑んでいる。
「何?」
「遠い遠い昔のことじゃよ・・・・」
二
「昔々はね、この村の者たちは豊作を願ったり、雨乞いをするときにはイワマ山に数人の男子が食料と酒をもってイワマ山のふもとまで、お祈りをしたりしていたものだよ。最近は豊作が続き、満たされているせいか、そんな風習もなくなってしまっているがね」
老婆は壁に手を置き、身体を支える様に静かにしゃがみ、鬼子の前に正座の姿勢をとった。
「あんた、鬼が怖くないのか?」
「だから、怖くない訳じゃないって・・・・。わしらの子供の頃は、そりゃ恐れられていたわい。この村を囲む山々には、鬼が現れると、私が生まれるずっと前から言われ続ていたのだからな――」
鬼子は老婆の話を黙って聞くことにした。
「ある時は山で狩りをしている者が鬼に怪我を負わされたという話もあれば、喰われてしまったという話もある。また|ある時は、山で迷った旅人に道を教えたと言われる時もあれば、怪我をした者に薬草を渡して去って行ったという話まであるのだよ・・・・」
老婆の声が明るく楽し気であることに、鬼子は拍子抜けし、完全に老婆の話に聞き入ってしまっていた。
「こんな私も実は、鬼に助けてもらったことがあるのだよ」
「え!?」
鬼子は老婆の言葉に、仮面の中にのぞいている眼を丸くして、驚いた。
「昔ね、父の話を聞いて育った私は、好奇心がいっぱいで、隣の家の勘助と言う男の子をつれて、イワマ山のふもとまで遊びに行ったことがあるんじゃ、少しずつ樹々に囲まれる道を歩いていると、突然、勘助が何か巨大なものに吹き飛ばされたのじゃ。それは巨大な猪だった。人の大人の背丈よりもでかく感じたよ。
私はこの時、本当に後悔したわい、命がここで終わると思ったからね。あまりの恐ろしさに声も出ず動く事すらできなかったものじゃよ。すると、凄い鳴き声を上げて、その巨大な猪が私に向かって突進していたのだ、私は眼をつむり、心の中で‘‘誰でもいいから助けて,,と叫んでいた。突進してくる猪の地鳴りのような足音を聞きながら、もう終わりだと感じた。すると、突進の足音が消えていた。そっと目を開くと、その猪の胴体を覆いかぶさるようにしがみ付い男の背中が見えたのだ。巨大な猪に覆いかぶさる程の、人とも思えぬデカさだった。腕も太く足も太く赤黒い肌をしておった・・・・・。私ゃおもったよ・・・・あれは鬼だって、伝説の鬼を見てしまった・・・・てね。その後は鬼はイノシシの身体を持ち上げて地面に叩きつけて、大きな拳骨で、猪の頭を叩き潰してしまったの。鬼は右手でその猪の首辺りを、掴んで自分の肩の上に担いで、山の奥へあるいていったのじゃよ・・・。わたしは、その背中に震える声で‘‘ありがとうございます,,というと、鬼は一度振り向いて私を見たのじゃ。切れ長で大きなめ、金色に輝く様な目だった。口からは牙が見えていた。髪の毛は赤く髪の生え際に二本の角が突き出ていたんだ。これを鬼と言わずしてなんというのか・・・・・・」
「幼い頃から父親には、良く聞かされていたのだよ、鬼の伝説をね。この家のそばにある道を進むと、左右に分かれる道がある。左に行けばそのまま山間を抜ける道右に進むと岩に囲まれた険しい道になる。道を進むにつれ道は細くなり足元はごつごつとした岩ばかりの道になり深い森の中へと入っていくのだ。途中なんどか引き返す道があるが、さらに進むと、幾つかの石でつくられた祠がいくつも置かれていて、その先に百歩進むと、二つの巨石が道を挟むように地面に埋まっている。そこから先に行ったならば、いくつもの掟を守らなくてはいけないと父親が言っていた。一つは、大声で話さないこと、二つ目は、刀や、矢の様な鋭利な鉄や竹槍の様なものは持ち込まない事、三つ目は・・・・そう、獣や虫に遭遇しても危害を加えない事だったはずじゃ」
「あぁ・・・・」
老婆の言葉に、鬼子はうなずき、こう続けた。
「しかし奴らは、何度となくその禁を破った」
老婆は首を傾げ怪訝な表情を見せた。
「やはり・・・・そうであったか、豊作が長く続き、自分たちが満たされ始めてきたとたん、そんな風習は亡くなり、山に登っては、好き勝手に獣を狩にいったりしている。そりゃイワマ山の鬼様が怒っても仕方がないと思っているよ・・・・」
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