鬼の襲撃 其の二
散々走り続けた鬼子が、ようやく足を止めて肩で大きく呼吸をしていた。
鬼子の眼は右へ左へと動く。
「どうした鬼子!・・・もう逃げ道は無いぞ!!!」
「待っていろ!今縛り首にしてやるぜ!!!」
七人の若者が口々に、鬼子に罵った。
「お前はもうお終いだ!!!」
そう言って得意げな表情を浮かべて笑い声をあげる者もいる。
しかし、村の若い者たち七人が、鬼の子を囲んでどのくらい経っただろうか。
鬼子と呼ばれた少年も、若者七人も動かないでいる。
鬼子は一度、眼を左右に向け、静かに
村の若者たち七人が一つの輪のようになり鬼子を囲む。
その後、騒ぎを聞きつけた村人が、わらわらと、その周りを囲むように集まって来た。
鬼子を囲んだのは総勢三十五人程となった。
もう少しすれば、もっと人が集まって来ることは確かだった。
鬼子と呼ばれた少年の眼が静かに動く。
村人の顔はどれも憎悪と恐怖入り混じっていることを鬼子は感じた。
「フンッ・・・」
鬼子はそんな村人たちの顔を眺めて一つ鼻を鳴らした。
「きぇっ!」
一人の若者が、雄たけびを上げて、鬼子の背後から、とびかかった。
使い慣れない竹槍を握った若者が、鬼子の背中にむかって竹槍の切っ先をむけた。
しかし、むなしくもその切っ先が、鬼子の背中に届く前に、その若者の足がもつれて、自ら地面に転んでしまった。
若者は意を決して、鬼子の息の根を止めるべく竹槍を鬼子の背中に突き付けたつもりではあったが、自然と身体が鬼子への攻撃への危険性を感じ、拒絶したのだった。
転んだ若者が膝を抑えて苦悶の表情を浮かべた。
「痛っ――」
尻を地面につけた状態で若者が顔を上げると、鬼の子が、すぐそばまで接近していた。
ぞくっ。
若者は背筋に冷たい感覚が走った。
鬼子は、水平に木刀を振り切ると、若者の口元を強打した。
ぎぐっ。
という鈍い音が、あたりに響きいた。
若者の唇は裂け、前歯は犬歯に至るまで、根こそぎ、へし折られてしまった。
何の
口から血を
鬼子のこの一撃は、鬼子を捉える事が容易ではないことを改めて感じさせるのに十分な効果があった。
「しゅっ!」
鬼子の口から息を吹きかけるような音が発せられた。
すると鬼子の背後にいたもう一人の若者のくるぶしに目がけて木刀が横一線に振られると。
ごす。
と、いう音と共に、若者は崩れ落ちる様に地面に尻もちをついた。
その隣にいる男の右足の
脛を強打された者が、叩かれた脛を抱えて、二度ほど片足で飛び跳ねたかと思うと苦悶の表情を浮かべ叫んで前かがみになって倒れた。
鬼子は振り返りざまにもう一人の腹部に木刀の先を突き立てた。
「がはっ――!!」
その男は、声にならない声を上げ嘔吐しながら膝をおり倒れ込んだ。
そして次の者は、額に縦一閃に木刀を喰らい、流血した。その隣にいた者の側頭部にも木刀が振り下ろされた。
ほんの一瞬の出来事であった。
五人の男が鬼の子の足元で苦しみ悶えている。
さっきまで鬼子を囲んだ七人の若者たちの得意げな顔は、一瞬にして痛みと恐怖に歪んでいた。
そうなると、誰も鬼子の前に立つことは出来なかった。
例え力の強い大人が武装をしていたとしても、例え多勢であったとしても、戦闘経験のない大人の集まりである、鬼子の凄まじい木刀の斬撃を喰らう覚悟があるものなど皆無であった。
鬼子は木刀に付着した血を払う様に木刀を振ると、ビュンと空を斬る音が聞こえ、地面に数滴の血が、走るように張り付いた。
そんな、木刀を振る音にすら、ざわざわと慌てふためく村の大人たちを鬼子は見渡すと、そばにある
地面の砂が、ばっという音をたて弾けたかと思うと、鬼子は高く飛んでいた。
村の男達が欅の上の方に眼を向けると、鬼子は枝の上に飛び移っていた。
「ま、まて!!」
村の者の集団の一人が、鬼子にそういった。
「何故だ!!なぜこの村を襲う――!」
続けて男が、そう鬼子に尋ねた。
しかし、鬼子はその問いに答えることも無く再び宙を舞い、暗闇に溶け込むように消え去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます