弊社の愉快な仲間達

白川津 中々

 朝起きて思案を巡らすのは仕事についてである。

 少しばかり神経質なきらいがあるが別段生真面目な質というわけでもないのにどうして労働などについて頭を悩まさなければならないのかというと職場の人間が甚だ度し難いからである。奴らの想像を絶する破天荒業務に俺はいつも閉口しなければならず、それが今日も始まるとかと思うと、目が覚めた途端に嫌でも想像し苦悩してしまう。あぁ嫌だ嫌だと唾棄を催しながらボロのスーツに袖を通し姿見を見ると不相応にくたびれていた。大変貧乏臭くみすぼらしいといったらないが、人目などどうという事はない。いってきます。


 電車を乗り継ぎ立ち食い蕎麦を手繰ってから出社。始業まで雑務処理を行うのが日課である。タイムカードは当然押す。サービス残業など真っ平御免だ。

  PCを立ち上げ周知を見ると夜勤連中から言いたい放題の改善要望。うるさい馬鹿と打ち込むもエンターは押さずctrl+a.delete.善処しますと差し替え溜息。平気虚心。


 六十分が経過。出社する面々。見たくもない顔だが笑顔を作り挨拶を交わす。あぁやってきたこの時間。最短八時間続く地獄が今日も開催だ。憂鬱でしかない。


 恐らく浮かない顔をして作業しているところに意味不明なニュースのURLが社内チャットに上がる。なんだと思ったら猫ちゃん大行進とかいうくだらぬ記事。直後、可愛いですよね。などと間抜けを送ってくる年増の女。朝の忘我多忙の時間にふざけている。暇なのは貴様だけだぞとつい指が動きそうになるが忍ぶ。


 そのすぐ後にまたチャット。ファイルバージョンアップしましたの文字。確認すると無駄に重い。何事かと思えば不必要に入り組んだ関数に加え新たにマクロまで設定してある。誰が頼んだそんな事。合理化を図るための手段が非効率的になっては本末転倒だと気付かないのか間抜けめ。


 ありがとうございますが一旦検討で。


 オブラートに包み却下を伝える。しかしどうやらバックアップを取らずに改悪を施したらしくどうしましょうかとの返答。不可逆の作業を行った後平気で上書きする神経にはほとほと呆れ返るばかりである。仕方なしに修復。これで六十分のロスが確定した。


 午後前にできあがった報告書を確認すると明らかな見落としを発見。しかも報告義務のある事象である。作業者に追求すると「いやぁ」との誤魔化し笑い。駄目だこいつと修正し先方に電話対応。一応事なきを得たがあのまま送っていたらと思うと背筋が凍る。勘弁願いたい。


 報告書を修正し、先にファイルを改悪した奴にメール送信願いをチャットで送る。が、無視。なるほどヘソを曲げている。仕方なく新人を捕まえてダブルチェックを行いながら送信。その際に案件の概要と確認事項を説明するという工数が発生しまた時間を食う。やれやれだ。


 さすがに午後は落ち着くだろうと思ったら今度はレポートの差し戻し。しかも俺が作った納品物だ。今まで偉そうに指示を出していたせいで居た堪れないが、是非もない。上司に謝り倒し修正を肩代わりしてもらう。なんとも情けないが、ともかくこれでようやく自分の仕事ができるとファイルを立ち上げる。その途端、新人からエクセルの挙動がおかしいとの相談。突っぱねたいがそんなわけもいかず対処。原因はマクロ稼働設定の有無。ファイル上でご丁寧に注意が出てるだろうと喉まで出かかったが以前辿った道である。言葉を選び指導完了。


 時間は十六時。何一つ終わっていない作業。これは定時帰宅が危ういなと思った瞬間、チャットにファイルが壊れましたの文字。溜息を吐き確認すると関数が消し飛んでいる。何をしたんだ。幸にしてこちらは個人でバックアップを取っていたので微調整を行い復元。何とかなったがまったく気を付けてほしい。


 その直後にまたチャット。ファイル変更しました。またお前か。確認すると先のマイナーチェンジ。だから不用意に計算式を増やすな。しかもまたバックアップ取ってない。喧嘩を売っているのか貴様。さしもの俺も我慢ならず注意しようと思ったところに会議の案内。そんなものもあったなと項垂れ出席。こんな日に限って話が長く、帰ってきたら定時である。全員退社。なす術なくファイルを復元し、丸々残った作業を終えると時間は二十一時を過ぎていた。思い返せば無駄な時間ばかりが積み重なっている。あぁまったく、なんとも不毛な仕事ではないか……だが、今は不満より何よりも寝る事しか考えられない。早く帰って、寝よう……



 こうして帰宅した俺はすぐさま床に就き夢見を望んだのだが、自分が担当した業務に不備があったと閃き目が冴え寝不足となり、翌日にまた幾らかの失態を演じたのだった。

 こんな毎日に転職を考えないわけはなかったが、他にどのような道が開かれているのかさっぱりわからず、ただ闇雲に憂鬱な気分に沈み、ひたすら思案するばかりなのである。


 このうえは、一思いに浄土へ逝くを願う他なし。南無阿弥陀。

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