第21話 失策
「ぐ……ふう。お久しぶりです。メイ様、ウィリアム様。復活のご挨拶に参りました」
目の前のクリオロフォスは恭しく蛇の頭を下げる。
その言葉は以前のようなものではなく、人間の言葉である。
しかし様子がおかしい。
「なんか疲れてる?」
前足がなくなっているなど、機械の体のあちこちが破損している。空中でテムニーに相当痛めつけられていたらしい。スピードを上げていたのも振り切るためだったのだろうか。
「これしき、問題はありません。いくらでも代わりのある体ですから」
「あっそ。じゃあこっちもどういうつもりか聞こうか。こんなに街を騒がせて」
「我の姿を見せつけること。それも目的の一つです」
どうやらウィリアムたちを目がけてやってきたようだ。会話は一応成り立っている。だが狙いがまったくわからない。
ウィリアムとしては街の破壊は阻止しなければならないので、慎重に見極めようと考えた。
「それで、お前は倒しちゃっていいのかな? もう魔王の支配からは外れているみたいだし」
とはいえ下手に出るわけにはいかない。いつでも倒せるという余裕を持って接しなければこのような相手は足下を見てくる。
「相変わらず喧嘩早いことで。やめておいた方がよろしいかと。我への敵対行為は我を復活させた方々への敵対行為ですから。道中で攻撃に遭いましたがまあそこは見逃す範囲内です」
「誰なんだよそいつは」
「お答えを差し控えます。いずれわかるでしょう。それまで、我に与えられた使命は我の姿を宣伝することです。因縁あるお二人にまずは見ていただきたいと思った次第」
「なるほど、破壊活動をする気はないと。でもわけのわからない奴に領域を侵犯されるのは連邦のプライドが許さないんでね。次は墜とされるよ?」
「我のこの体は耐久力が増しておりますからご心配なく。それよりもご自身の心配をなされませ」
「あ?」
「こうして我が活動するのはあなた方への復讐もありますから。カルカリア様の支配を抜けた我は遠慮なく破滅を宣告できるのです。お二人の関係、人間どもに知らせても良いのですよ?」
「っ、それはまた穏やかじゃないな。だがお前の言うことを誰が信じる」
「今は効果がなくとも我の行動次第で。一定の信頼を得た段階で多方面に流布すればジワジワと広まっていくことでしょう」
街を騒がせておいて信頼など得られるものか、とウィリアムは思ったが、一度疑われればウィリアムとメイ、そしてトマスは非常に危険な立場になる。
無戸籍の人間など貧民街にはいくらでもいるが、調べようと思えばメイの不可解な出現にたどり着くことは難しくないだろう。最近になって急に現れたのだから。
メイは間違いなく殺される。ウィリアムやトマスも相応の罰を受けるだろう。
「ど、どうしようどうしよう。ウィル、私、離れた方がいいのかな?」
「ああそうしてくれって言いたいところだが、こいつの脅しに屈するのも癪だ。お前は今まで通りでいい。俺たちに敵対する意思は明確なんだ。売られた喧嘩は買ってやる」
「ほう、我と戦うのですか?」
「今戦ってもいいが街に少なからず被害が出るからな。お前が俺たちの社会的な破滅を狙うのなら、こちらも対策を練るとしよう。わざわざ作戦を説明してくれてありがとう」
「まあ今さら頭を下げられてもあなた方を許すつもりもありませんから、戦うのは望ましいことです。もはや我が負けることはありません。破滅の宣告に苦しまれますように」
よほど自信があるらしい。ウィリアムが見る限り、そこまで戦闘能力はなさそうだが。
最も厄介だった霧を使えないのだから、以前より弱いまである。こうして作戦を伝えるあたり、謀略に秀でているとも考えがたい。
「では最後の一手を打ちま――」
「うお!?」
クリオロフォスが突如爆発した。とっさに障壁を展開したが、緊急の上強化状態ではなかったので、大きな破片が飛んできて壊れた。
幸い他に破片が飛んでくることはなかったが、一体何が起こったというのか。
「ウィリアム! 大丈夫か?」
「テムニー、お前がやったのか?」
「そうだ。うん、無事だな。よかったよかった」
「……」
ウィリアムはどこか釈然としない思いを抱いた。ウィリアムたちが周囲にいるのに容赦のない攻撃をしたことではない。ウィリアムはテムニーがそんな気遣いをするとは思っていない。
ウィリアムはこんなにあっけなく倒せるのならとっとと倒してしまえば良かったと考えていた。手柄を取られた気分である。
「空中で撃破しなかったのは幸いか。破片が振って大惨事になってたろうし」
ウィリアムは爆発により飛び散った破片を見て回る。破片一つを取ってみても、機械の造りは精巧だった。
周囲を見渡しても、軽微な建物の損壊や軽傷者が少々見られるくらいで、大きな損壊や重傷者はいない。大惨事になっていたらコルバーチへの風当たりは強くなっていたことだろう。
「それにしてもずいぶんあっけなく壊れたな。話し合いなんかしないで倒せたかもな。あ、そういえば核はどこだ? ゴーティエの話だと核はオリジナルのものだって……」
「あれ? 二人とも、空になんかある」
「ん? あれは……門?」
空には門のような構造物が地面と平行になるようにして浮かんでいた。
「そこの少女。覚えておこう。お二方と共にいずれ我が破滅をもたらすことを宣告する」
クリオロフォスの声が響いた。門のあたりから聞こえてくるのでよく見ると球状の物体がある。
「あいつの核か? ずいぶん頑丈になったんだな。しかも核だけで生命を維持できるとは。弱そうでも倒すのが厄介そうだな」
「あ、本当だ。じゃああれを倒しに行けばいいんだね。行ってらっしゃい」
「たまにはお前も働けよ。進化したんだからそれなりには戦えるだろ」
「ならウチが倒すぞ。次は逃がさない。完全に破壊してやる」
「やかましい! あなた方にやられる私ではない! この門を見るがいい。我が体を破壊させたのもこの門を設置する時間を稼ぐため。ここからはいずれ我を蘇らせた方々、天使様がご降臨なさる。破壊はできぬ。人間の未来は天使様に委ねられるのだ」
核だけになったクリオロフォスはそう高らかに宣言した。
「……モンスターにもああいう痛い奴っているのか?」
「いや、初めて見た。天使? ちょっと笑っちゃうかも。おとぎ話を読みすぎじゃないの?」
「無礼な! もうお前たちに敬意を払うことなどない! 破滅の末に我がとどめを刺してくれよう! そしてこの門の力を見るがいい。さらば!」
門が開き、その中にクリオロフォスは入っていった。門の奥は暗く、よく見えない。そして瘴気にも似た妙な気配が流れるのを感じた。
「天使がいるってわりには暗いな。まあ空間と空間を繋げる門ってことは、黒幕はそれなりの力を持っているのは確かか」
「あいつ、なんか逃げる前に破滅がどうこう言ってなかった?」
「なんか言ってた様な気がするけどどうでもいいな。それなりに苦戦するだけで負けるわけないだろ。逃げたんだし負け犬の遠吠えだよ」
確かに厄介な敵にはなっているようだが、負けるつもりは毛頭ない。黒幕がかなり面倒な相手であることはわかったので、そこにウィリアムは注意を向けていた。
「ウィリアム、ウチは見事に君を守ったぞ。どうだ、好きになったか?」
「いや、まったく。それで、あいつに一体何を吹き込まれたんだ? お前が素直に誰かの指示に従うなんて」
「あいつ? ああ、屋敷の男か。男は女に守られるとその女を好きになるって言ってた」
それはゴーティエの話であろう。ウィリアムは他人に守られることをよしとしない。
ただ純粋な思いでウィリアムに協力したつもりであろうから、そこは否定しない。
ウィリアムは、テムニーがただ好きと言うだけなら切り捨ててもいいと考えているが、ウィリアムのためにと動いたことを切り捨てるのはさすがに抵抗を覚えた。
「まあ、ゴーティエの話は置いといて、お疲れ様。いや、俺一人でもどうにかできたけど、一応俺のためにって動いてくれたわけだから……」
「ウィル、捻くれすぎ。礼言うかプライド主張するかどっちかにしろ」
「俺一人でもどうにかできた」
「あんた最低だよ」
「うむ、平時のウィリアムはこうでないとな。これくらいダメな方が本気の時の君は映える」
ウィリアムはプライドを優先した結果二人からバカにされた。小さいプライドなのは自覚しているが、礼などルーシーたちに強制的に言わされたものを除けば、メイとトマスに数回言っただけだ。
あまり親しくないテムニーに言うのも抵抗を覚えてしまったのだ。
「まあ顔真っ赤だから本音はわかるけどね。自分のために動かれると嬉しくなったりするんだね。素直じゃないのは今までそういうことをされなかったから? ならしょうがない。戸惑ってプライドを優先したくもなるよね」
それなりの思いは持ったが顔を赤くするほどではない。
「ふん、俺だって親父からはそれなりに厚意を受けたさ。そのことに恩義を感じないほど腐っていない。そう、これは創作に見られる本音と建て前が逆になっていたというやつだ。本音では感謝していたと思う」
メイがしつこくからかってくることに鬱陶しさを覚え、ウィリアムは必死にメイの言葉を否定する。
「照れ隠しを本音と建て前が逆になっただけって主張するのは無理があると思う。それに感謝していたと思うって、自分の本音に自信ないの?」
「自信はある。してた」
勢いで否定した後で、ウィリアムは後悔した。みるみるメイの顔が憎らしい笑みへと歪んでいった。
「言質取りました。ウィル、感謝してるって。やったねテムニー」
「うむ、よくやったなあ、メイ。ウィリアムに感謝されるなんてウチは嬉しいぞ。君とも仲良くなれそうだ」
「違う、違う、違う。感謝してた、だ。既に感謝の情は消えている。今はただメイへの憎しみの感情が強まっているだけだから」
「過去形かどうかはそこまで重要じゃないぞ。君も可愛いところがあるなあ」
「それは……!」
可愛い。そう言われることをウィリアムは最も嫌う。そう言われていい思いをしたことなどなかったから。即座に否定しようとしたが、純粋な瞳でそう言うテムニーを見ると、その気が失せてしまった。
抱いた思いは悪いものではない。それならいいと、ウィリアムは切り替え、なぜか意気投合した二人を置いてゴーティエの屋敷に戻る。
ただ、メイに完全に手綱を握られてしまっていたことだけがウィリアムにとって口惜しい経験になった。
「あいつに対しては常に主導権を握っていなきゃいけないのに。感情に任せた結果がこれか。失態だ。やはり感情に対して素直になってはならないな」
天才冒険者は弱体化中 元凶のモンスター少女と共に栄光への道を歩ませられる 渡り鳥 @ultaul
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