第20話 来たのは知り合い

「それで、あんたが俺を連れてきた用件は? まあ、丁度テムニーにひっつかれてたからよかったけど」


 ウィリアムは現在、ゴーティエの屋敷にいる。指導の合間、テムニーによって連れ出され、デートと称する突発的な二人散歩を強いられていたところで声をかけられ、屋敷まで連れてこられた。

 テムニーはゴーティエから何を話されたのか、大人しく着いてきてきたが、今は別室にいる。改まった様子で何の話なのだろうか。場合によってはテムニーに連れ回される方がマシ、ということもある。

 それなりに信頼、というか安心感を覚える相手だからこそウィリアムは警戒する。


「そう身構えないで欲しい。君たちにはしばらくここにいて欲しいだけだよ」


「なぜ?」


「うん、君たちの身の安全のためさ。ああ、君たちというのは一緒にいた子じゃないよ。会わせてあげるからおいで」


 質問に答えていないと文句を言おうにも、スタスタと先に行かれるのでウィリアムはついていくしかない。


「はいここ。先に招いていたんだけど、疲れたのか寝ちゃったんだ。起きるまで一緒にいててくれる? 起きたら僕のところに。私室にいるから。迷ったらそこら辺の人に聞いてね」


「は? おい! なんなんだよ、ってメイ……。なんでここにいるんだ?」


 通された一室ではメイが寝ていた。ゴーティエを追いかけようかとも思ったが、メイにも聞きたいことがある。


「おい、起きろ」


 ゴーティエはメイが起きるのを待つ前提で言っていたが、ウィリアムはそんな気遣いをしない。

 そもそも夜は毎日八時間きっちり眠らせている。メルリーダだろうが昼寝をする年でもあるまい。寝過ぎだ。


「ううん? あれ? なんでウィルいるの?」


「その質問、そっくりそのまま返す」




 ゴーティエの下に向かう前に、ウィリアムとメイはお互いがなぜここにいるのかなど、疑問点は全て洗い出した。


「あいつ、何が目的で……。俺たちを守るためって、俺はあいつに守られるほど弱くない! そもそも俺に三ヶ月前守られてたのは誰だっつの!」


「あ、その件バレてるよ。あいつ、なんか知らないけど私の父親を名乗ったんだ。しかも人間のくせに魔王配下の序列一位だって。私とウィルの関係も当然把握済み」


「はあ? なんだそりゃ。お前はメルリーダだろ? メルリーダって人間の男と結婚するのか? 確かに今まで確認されたメルリーダは皆女だったけど」


「結婚なんてしないよ! だから私にもわかんないの! これから聞きに行くよ!」


 魔王配下の序列一位、ウィリアムにとって衝撃的な情報だ。意外と近くに魔王の次席がいた。それも人間。

 連邦下院議員の立場で、一般に知られていない魔王についての情報を掴んだからメイの父親を名乗って接触してきた、という可能性もウィリアムは考えたが、メイはそれを否定した。気配や言葉は間違いなく序列一位の男だったという。

 嘘偽りなく話すかは別として、解決しない疑問は聞くしかないだろう。


「おお、意外と早かったね。はは、怖い顔しちゃって。まあ時間あるし、聞きたいことは何でもどうぞ。答えられる範囲で答えてあげよう」


「お前、俺よりも強いの? 全力の俺より」


「え? ウィル、最初に聞くことそれ?」


 確かにゴーティエの怪しさはウィリアムも関心がある。しかし強化状態でありながら同じ人間に実力で負ける気などさらさらない。ウィリアムにとって一番気になるところはそこなのだ。


「うーん、実に君らしい質問だ。そうだね、単純な戦闘能力はないよ。だから君たちにも護衛を頼んだんだし。ただこの屋敷は特別でね。魔王陛下直々に結界を張っていただいたんだ。僕が拒否する者全てをここからはじき出せる」


「つまり強いのはこの結界ってわけね。わかった、今はそれで納得してやる」


 自分が魔王の結界に負けているという事実を突きつけられたが、ウィリアムもそこは想定していたので悔しさはなんとかのみ込める。


「じゃあ私から。父親って何? どういうつもりか言って。お母様がそう名乗ることを許したの?」


「うーん、そうだね。君に言ったことを先ほどあの方に報告したら怒った顔で叱られたよ。でもなんだかんだお叱りに留めていただけるあたり、あの方は僕のことを好いていらっしゃるんじゃないかな」


「真偽のわからない惚気はいいから答えろ。お母様に何をした!?」


「僕は何も? あの方の要求に応えるだけだよ。まあ父親を名乗ることは少々先走ったのは否めないから、今は撤回しておこうか。君を動揺させてここに連れ込むための揺さぶりだったと思って欲しい」


「そんな答えで……!」


「これに関してはあの方からも止められてるんだ。僕から言えることはこれまで」


「ああはいはい。まあ俺にとってはそこら辺はそこまで大事じゃない。メイの家族の問題だからな。ただあんたが魔王の配下ってなると話がややこしい。あんたは俺たちの敵?」


 泣き出しそうなメイを後ろに下げ、ウィリアムは次に気になることを聞く。もし敵であるならば速やかにこの屋敷からは去り、トマスにゴーティエとの縁を切らせなければならない。

 だがこの段階ではウィリアムはゴーティエを殺せないだろう。モンスターは罪悪感を覚えようと躊躇なく殺すが、人を殺すことはウィリアムにとって絶対悪であり、そこまでの悪の拳を振るう覚悟はない。

 それにゴーティエをどこか敵と思いたくない自分がいるのもウィリアムは感じていた。それなりに重みのある質問だ。


「ふふ、あっはっはっは」


 だがウィリアムが神妙な面持ちで答えを待っていたのにもかかわらず、ゴーティエは笑い出した。


「何がおかしい?」


「いや、君が僕にそんな顔をするのがおかしくてね。安心したまえ。あの方からの命がなく、また君たちから敵対行動をとらない限り、僕たちは君たちと敵対はできない。味方、とはいえないが敵ではないよ。もちろんテリジニウス親子みたいに最初から君たちに敵意を持つのもいるけど、僕は君たちには親しみの感情を持っているよ」


「……それはどーも。それで、俺がここにいなきゃいけないほどの何かがあるのか?」


 最後の疑問。敵対しないというこの男が直接行動に移った。それも魔王からの指示でだという。敵対行動でなければこれはなんなのだ。


「うん、それは……と、ギルドの方も気づいたみたいだね? 外を見てごらん」


 ゴーティエが言いかけたところで、外からけたたましいサイレンの音が鳴り始めた。この音はギルドからの緊急警報だ。

 言われるまま、ウィリアムとメイはゴーティエの後ろの窓から外を見る。


「あれは……!」


「んん? ウィルは何か見えるの?」


「そうか、お前はコルバーチの人間じゃないから見えないのか」


 空には文字が浮かんでいた。あれはギルドが緊急時に発する、魔法によるメッセージ伝達だ。一定の範囲内のギルドの所属者ならどこであろうと文字を読み取ることができる。


「モンスターと思われる反応を検知した。今までになく強大で、ドンガル海からスニア付近に向かって海中を進行している。今の進路を維持すればあと十分以内に到達するだろう。付近のコルバーチ冒険者は迎撃に向かうように。だとさ」


「スニアって、港町だよね?」


「ああ、確かに要所だけどえらく大騒ぎだな」


 スニアはラメタシュトラとも関係が深い、重要なコルバーチの縄張りの一つだが、全員動員しなければならないほどのモンスターが出るものなのかとウィリアムは疑問を覚える。

 大洋であるドンガル海には完全水性型の魚人たちも多く暮らしている。彼らもそれなりの戦士はいるのだから、滅多なことではコルバーチなどのギルド側が海のモンスターに対処することはない。


「あ、そういえばさっきここに魚人が来てた。なんでゴーティエのところに来たのかわからないけど、もしかしたら魚人の方も手に負えなくてコルバーチとゴーティエに救援を依頼したんじゃないの?」


「そうなのか?」


「それに関しても僕の口からは言えないな。まあ少なくとも魔王側は早期からその存在には気づいてたとだけ言っておこう。来ているのは正確にはモンスターじゃない。ただし、とそれなりに強いよ。そして僕たちはまだ干渉しないことになっている」


「あっそ、まあいいや。俺たちは行かせてもらうぞ。身の安全とか知ったことか。街の警備はちゃんとやらないと」


「行かせないよ」


 ウィリアムが一歩を踏み出したとき、天井と床からウィリアムとメイを囲むようにして光の柵が展開された。

 見ただけで触ってはいけない類いのものだとわかる。


「なんの真似だ。下院議員ともあろう方がこんなことをして大丈夫なのかな?」


「安心したまえ。既に君の代わりに向かっている者がいる」


「何?」


「君と一緒にいた少女、テムニーくんだったかな? 彼女を今まで見逃していたことが惜しい。この場面では非常に有用な存在だ」


「おい、何を言って……」


「とはいえ気になるだろうから、僕と一緒に現場を見ようか。中継の魔法は既にスニアで展開済みだ」


 ウィリアムたちの前に映像が浮かぶようにして映し出される。資料で見たことがある、スニアの港だ。


「今のところ集まっている冒険者は少ないか。じゃあ場面をテムニーくんのところに移そうか。彼女はもっと前に派遣しているからね。今頃戦闘中じゃないかな」


 切り替わる映像。やや暗く、青みがかっている。ウィリアムは一瞬戸惑ったが海の中だとわかる。さらに動き回る巨大な影と小さな影それぞれ一つを認めた。


「テムニーと……エリオヴルム?」


 映っているのはエリオヴルムに見える。

 長い体に頭のトサカ、翼はクリオロフォスを思わせるがその体は全く生物的ではない、人工物のような印象を持たせる姿で違和感がある。エリオヴルムは海には生息していないのでそこもおかしい。


「まあこれ見ただけならちょっと変わった奴ってだけなんだけど、この個体からね、クリオロフォスの反応が出ているんだよ」


「え、あれがクリオロフォス!? 俺たちが倒しただろ!?」


「うん、そこが僕らも疑問なんだ。あれだけ力を奪われたら再生能力に優れる魔王配下だろうと再生はできない。明らかに僕らの知らないところでクリオロフォスは復活したんだ。人工物のような体だし、偶然ではなく何者かの意思でね。その何者がなんなのか僕たちは突き止めたいんだ」


 説明しながらもゴーティエは映像から目を離さない。テムニーは水中だというのに魚人の如く素早く動き回り、クリオロフォスを圧倒している。

 しかし余裕を持って動いているようにも見える。


「テムニーくんの方は大丈夫そうだね。データも予定通り取れている」


「データ?」


「……やっぱりね、クリオロフォスは体を再生できていない。あんな金属でできた精巧な機械は見たことないけど、あの体を構成しているのは機械としか言いようがない。核だけがクリオロフォスのものだ」


「あ、そういえば私たちが倒したときも核だけなくなってた。てっきり私の呪いが強力だから核ごと吸収しちゃったのかと」


「核はいくらメイくんの呪いでも残るよ。残るはずだったのに消えているということは誰かが回収したということ。しかもあのときは核も死んでいたはずだ。僕らに気づかれないように回収し、不完全ながらも妙な機械の体をつけて復活させた。何者なんだか」


 大雑把ではあるがウィリアムにもこの状況の異質さは理解できた。確かに死んだと思っていた配下がこんな状態になれば魔王も調査せずにはいられないだろう。


「戦闘のデータは十分に取れた。テムニーくん、下がっていい」


 ゴーティエは魔法か何かで意思を伝達したのか、テムニーは後退する。

 ここまで素直なテムニーをウィリアムは見たことがない。本当に何を吹き込んだのだろうか。


「これからはクリオロフォスの行動を少し進めさせる。黒幕の狙いが全くわからないからね。もちろん被害は出させない程度に。必然的にトマスたちと戦うことになるからそこで倒されなきゃ良いけど」


「……あのさ、あれってもしかして弱い?」


「うーん、トマスなら五分あれば片付けられるんじゃないかな。君も全力を出せば倒せるだろうし」


「じゃあ俺をここに閉じ込める理由は?」


「君の短時間の戦闘じゃデータが取れないだろ? できるだけ長い時間戦ってもらわないと。だが僕たちが直接動けば黒幕に魔王側の動きを気取られる。あくまで今は魔王側は情報収集だけに留めておきたいってことだからテムニーくんの存在は非常にありがたい」


「つまり俺たちの身の安全っていうのは余計な茶々を入れて欲しくないがための嘘か?」


「いや、一応危険な相手ではあるからね。僕は大丈夫だと思うけどあの方も心配性なんだよ。自分たちと戦う前にわけのわからない輩に倒されては困るってさ」


 敵側の人間に保護されることは思いの外気分が悪い。まるで敵の手のひらの上で踊っているようではないか。

 今回の件にしても魔王側が情報をほとんど握っていて自分たちは何もできない。


「テムニーくんは一度コルバーチ冒険者たちの近くに下がらせた。後はクリオロフォスの動きを見守るとしよう。もしあっさりやられるようなら本当に黒幕の狙いがわからないな」


 映像が港に切り替わった。予定の時間になっても姿を現さない敵に集まっていた冒険者たちがざわめきだした頃、クリオロフォスは姿を現した。

 その姿はやはり自然のものではない。海から出たらよりその異様さが目立つ。まるで別世界の存在だ。冒険者たちも見たことのない金属的な体に驚いているようだ。


『エリオヴルムに似ているようですが……いえ、とにかくやるしかない。ルイーズ、ライム。まずは私たちで行きますよ。油断なく』


 トマスはルイーズ、ライムと共に来ていた。まあまあ離れていたはずなのだが、さすがに到着が早い。ルーシーたちはいない。いたらいたで問題だが。

 トマスが真っ先に動き出す。続いてルイーズ、ライムが。こういうときはすんなりトマスの言うことを聞くらしい。

 しかしクリオロフォスは興味がないかのように空に飛び立ち、街の方へ向かう。


『まずい、進行を止めろ! 気をこっちに引かせるんだ』


 トマスが火球を放ちながら


「あちゃ。トマス、テムニーくんくらいやんなきゃ向こうは相手してくれないよ。まあそれだけ街の方に関心があるってことか。街に入られたらまずいし、テムニーくんに動いてもらおう」


 ゴーティエは合図を出したらしい。映像の中でテムニーが飛び上がり、空中のクリオロフォスを地面に落とした。


「あいつ、あんなに強いんだ。本気の俺でも本当に勝てるのか?」


「まあクリオロフォスもオリジナルほどの力は出せてないみたいだし。霧隠れも使っていないだろ? とにかく、このままテムニーくんが倒すだろうね。あいつが街のどこかに狙いを定めているらしいことがわかっただけでも上々。黒幕もそこを狙ってるならまた手を出してくるはず。しばらくは付近の警戒を強めないとね」


「今さらだけどさ、元仲間に対してなんか冷たいよな。俺でも一応トマスには配慮するぞ」


「僕が関心あるのはあの方だけ。それにあの方は魔王としてそこまで組織的な動きはしないから繋がりはどうしても薄いんだよ」


 そんな話をしていたが、クリオロフォスもこのまま倒されるつもりはないらしい。体から電流を放出してテムニーから逃れる。

 今度はテムニーからの猛攻すら無視してひたすら飛び続ける。既にスニア市街地に侵入しているが市街地を攻撃しようとはしない。


「眼下の街を素通り? そうか、この方向、狙いはスニアじゃない。ラメタシュトラ中心部か。しかしテムニーくんがあれだけの攻撃をしても墜ちないとは、見た目よりも頑丈な体なのか? まあ市街地で墜ちられたらそれはそれで困るし、テムニーくんには一度離れてもらうか」


 ゴーティエはぶつぶつつぶやいている。このままだとラメタシュトラにやってくるということだが、周辺では特に警報は出されていない。


「おい、俺が出て行った方がいいんじゃないか? もうデータ取るとか言ってる場合じゃないだろ。街に被害が出てからじゃ遅いんだぞ」


「……わかった。僕としたことが相手を侮りすぎていたようだ。全く戦わないでまっすぐこちらに来るとはね。トマスが追いつくのには時間がかかるだろうし、ウィリアムくん、頼むよ」


「判断が遅いんだよ。魔王に命令されてただか知らねーけど、お前はこの街の代表者だろうが。生半可な気持ちで二足のわらじ履くなよ」


「そうだな。最優先はあの方だがこの生活も大切だ。心がけよう」


 ウィリアムたちの周りに展開されていた光の柵が消える。そのままメイを連れて屋敷の外へ。


「ゴーティエによればスピードを上げてきているらしいし、そろそろ来るかな。ていうかコルバーチの警備もザル過ぎだろ。戦力を全部港に置いて抜かれるってとんでもない失態だぞ」


 戦うにしても街の中で派手には戦えない。空で戦おうにも、ウィリアムは強化状態でも空を飛べない。

 やろうと思えばいくつかの魔法を組み合わせて浮かぶことはできるが、そこまでして空に上がったところで戦いにはなるまい。


「向こうも破壊だけが目的ならスニアを襲撃していたはず。この辺りの何かを狙ってきているなら地上に降りる可能性がある。敵の出方次第っていうのは気に食わないけど今はそうするしかないか」


 一応近くには港に向かう途中の冒険者もいる。もしこの辺りにクリオロフォスが降りれば彼らと共闘するべきだろう。


「あっ、来たよ」


 スニア方面の空に大蛇の影を捉えた。その影はみるみる大きくなり、


「あれ? なんかこっちに来てない?」


 ウィリアムたちが態勢を整える間もなく、クリオロフォスは降り立った。ウィリアムたちの目の前に。

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