第23話 第六章 それぞれの帰環 (3)


「アルテミス9宙港第一層管制センター。こちら第一七艦隊旗艦アルテミッツ。入港許可願う」

「こちらアルテミス9宙港第一層管制センター。誘導ビームに従い第一番ドックヤードに入港してください」

「アルテミス9宙港第一層管制センター。こちら第一七艦隊旗艦アルテミッツ。了解しました。誘導ビームに従い第一番ドックヤードに入港します」


 誘導ビームに乗ったアガメムノン級航宙戦艦アルテミッツは、誘導ビームに従いその巨体をゆっくりとドックヤードに進んでいった。ドックヤードに着くと艦体を包んでいる巨大なドームの後ろが閉じた。続いてロックランチャーが艦の周りのリンクホールとロックすると艦体が、静かに少し下に動いた。


「アルテミッツ。ランチャーロックオン。ゲートロック」

やがてドックの中に空気が充満すると

「エアーロックオン」

という管制官の声と共に艦を包んでいたドームが開いた。


スコープビジョンが白くなり、何も映さなくなるとハウゼー艦長が後ろ向いて

「アルテミッツ、アルテミス9に帰港しました」

そう言って今回の総司令官ウッドランド大将と第一七艦隊司令官ヘンダーソン中将に敬礼をした。二人は答礼するとヘンダーソンは、

「ご苦労」

そう言って少し目を緩ませた。


それを見てハウゼー艦長は司令フロアの各管制官側に体を戻し

「各管制官、ファイヤープレイスロック。ダブルチェック。コントロールをリモートにして航宙管制センターに戻せ」


 その声を聞くとウッドランドはヘンダーソンに目で合図すると、オブザーバ席を離れた。それを見たヘンダーソンも司令官席を離れ、ウッドランドとヘンダーソンは司令フロアを後にした。


 アルテミッツとドックヤードに接続されているエスカレータを降り、艦体の横を通る誘導路にヘンダーソンの姿を見たシノダ中尉は敬礼をしながら、無事に帰ってきた中将の姿を見つめていた。


 キャンベルは、星系評議会の入っているビルの一室で一点を見つめながら考えていた。


「今回の鉱床探査を進めたのは、評議会の決定だが、セイレン議員は相当の支援をしている。イエン議員を利用して投資の回収にあたるだろう。その方法は、……。しかし、もう少しギヨン提督が司令官として周りのレーダー管制に注意を払っていれば、宙賊相手しかできないアンドリュー星系軍が加わったところで、我星系軍がここまで損害を被ることはなかったはずだ。更に鉱床探査の為の施設まで破壊されるとは」


 報告書を呼んだキャンベルは、右手に持ったロックグラスを飲み干すとスクリーンパネルのセクレタリボタンを押し、


「出かける、エアカーを用意してくれ」

「どちらに」

と言う分からない顔をしているセクレタリに


「自分で行き先をセットする。エアカーだけ用意してくれ」

というとセクレタリは、仕方ないという顔で

「分かりました。しかし、モニタービーコンだけは、オンさせてください。キャンベル代表」


心配そうな顔で言うセクレタリに仕方ないという顔でキャンベルは

「分かった」

と言うとスクリーンパネルの映像を消した。


 一時間後、キャンベルは、ウッドランドのオフィスを訪れていた。


「ウッドランド提督、今回の結果については、別の機会に報告を受けます。本日来たのは他の用件です。提督も知っている通り、近く星系評議会議員の改選があります。次回の選挙では、今回の派遣の失敗の責任を取る形で、私は代表の席を失うでしょう。代表の椅子に座るのは、間違いなくイエン議員です。彼は、今回の派遣でも好戦的でした。間違いなく、ミールワッツ星系奪還の為、ミルファク星系を再度の戦闘に導くでしょう」


 そこまで言うとキャンベルは言葉を切り、ウッドランドの顔を見た。ウッドランドは、


「しかし、今回の派遣を強く後押ししたのはイエン議員です。キャンベル代表が責任を取るならば、イエン議員も責任を取るのではありませんか」

ウッドランドの言葉に


「イエン議員は既に他の議員と支援グループに根回しをしているようです。私が代表している間に損傷した第一七艦隊の艦艇の修復予算を確定します。詳細な見積もりを星系軍艦政本部から至急出すように命令して下さい。第一八艦隊と第一九艦隊は気を回さなくてもセイレン議員当たりが修復予算を取るでしょう」


 キャンベルは眉間に皺を寄せ、ヘンダーソンとウッドランドそして自分という流れを決して快く思っていないイエン議員の顔を浮かべながら、そう言うとウッドランドの顔を見た。



 一ヵ月後、ミルファク星系の代表議会選挙で、キャンベルは、議員には残ったものの、代表の座は、予想通りイエンに奪われた。イエンは、星系評議会代表の初心表明演説の中で


「ミールワッツ星系の派遣は失敗に終わった。しかし、我ミルファク星系は、新しい資源を求め、新天地を開拓して行かなければならない。それを一度の失敗で終わらせる理由はどこにもない。ミールワッツ星系には、我ミルファク星系がこれから必要とする資源が豊富にある。我々の未来の為に何としてでもミールワッツ星系を我星系の自治星系とする。その為には鉱床探査という控えめな派遣ではなく、自治星系にする為の派遣艦隊を送る」


 一度、言葉を切るとキャンベル議員と同席しているウッドランド大将の顔を見ながら

「次の派遣は第七艦隊から第一〇艦隊まで三艦隊にする」


 そこまで言うと評議委員がどよめいた。第七艦隊から第一〇艦隊は、戦闘に於いて突破口を開く為の戦闘集団と言っていい。


 特に中核となる第九艦隊には、容赦しない攻撃で定評のあるアンデ・ボルティモア中将がいる。イエンは、評議委員たちの反応を見ると薄く笑い、


「総司令官は、第九艦隊アンデ・ボルティモア提督とする。ウッドランド提督には、先の戦闘で、お疲れであろうから休んで頂く」

そう言って、ウッドランドの顔を見た。


 アンデ・ボルティモアは、過去の対戦で降伏の信号を発信した敵旗艦を攻撃し、迷う敵艦隊を全滅させた容赦ない人間だ。イエン代表とは、縁戚の仲にあると聞く。


 いずれにしろセイレン議員の防衛産業は、いっそうの発展をするだろう。イエンはセイレンの資金バックアップを基に自分の裁量で事を決めていくつもりだ。それを傘にイエンは横走りし過ぎなければいいのだが、ウッドランドは、そう思いながら腹に重いものを感じた。


ユーイチ・カワイ中佐は、マイ・オカダ少尉とその友達、そしてA3G宙戦隊の仲間たちとシェルスターの商用区の一角にあるレストランレモンでミールワッツ星系の戦闘に参加した仲間の慰労会を開いていた。


 ここレモンは、カワイ中佐等の宙戦隊がよく利用するレストランで、夜はバーにもなる。カワイは、みんなの顔を見るとシェリー酒の入ったグラスを手に持ち、


「散っていった仲間たちに」


と言ってグラスを顔の位置まで上げ、みんなの顔を見ると少し飲んだ。仲間たち、そしてマイも口にグラスを持っていった。その姿を見た後、再度カワイは、グラスを顔の位置まで上げて


「戦い神アテナに微笑まれ、幸運の女神フォルトーナに微笑まれ、力強く生き残った我A3Gの仲間たちとラインの美しき姫君たちに乾杯」


カワイとその仲間たちは一気にシェリー酒を飲み干した。


「さあ、今日は、遠慮なく、食べて飲んで、明日からの英気を養おう」

そう言うと

「おうっ」

と言う掛け声と共に食欲尾旺盛な若者たちが、立食の料理が山のように並ぶテーブルにかぶり着いた。


 それを見てカワイはふうっという息を漏らすと、近づいて来たマイに微笑んだ。マイはカワイに


「聞いた。第一八艦隊司令官ギヨン中将、査問会で今回の責任を問われ予備役に編入されたそうよ」


「仕方ないだろう。第一八艦隊が突出せずに、全体を見渡していればアンドリュー星系軍の攻撃は十分に防げた。第一八艦隊は半数の艦を失った上、民間人の乗った艦も犠牲になった。言い訳が通るほど星系軍は甘くない」


 第一八艦隊には星系軍士官学校の同期で、星系軍に入隊した仲間も多くいた。その仲間が上官の失態で失われたことにカワイは隠し切れない悔しさと腹立たしさを覚えていた。


 ギヨン中将自らは生き残っているというのに。そんな思いが、つい顔に出たのか、マイは不安そうな顔をして


「ユーイチ、大丈夫」

と言った。カワイは

「大丈夫だよ」そう言って、少し寂しそうな目をした。


 予期せぬミールワッツ星系での接触は、ミルファク星系とリギル星系の正面衝突という形で幕を開け、双方が多大な損害を出す形で一時の終了を見た。


 結果としてミルファク星系は好戦派が実権を握り、穏健派は後退した。リギル星系は、ユニオン同盟星系の主導権をアンドリュー星系に奪われた。


 両星系にとって得るものが全くなかった戦闘であったと言ってよい。この戦闘に参加した兵士はもうこのような大規模な戦闘は望まないだろう。


 しかし、これは両星系が未来に起こる出来事のきっかけでしかなかった事を今は誰も知る由はなかった。


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西銀河物語 ミールワッツ @kanako_01

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