この狭い世界で、ただ小さく

棗颯介

この狭い世界で、ただ小さく

 十数年前の戦時中に造られた地下シェルター。今は電気も水道も通っていない無人の廃墟が、俺達四人の秘密基地だった。俺達で家にある僅かな道具やスクラップをかき集めて内部を整えたが、明かりだけは小さなランタンに頼るしかない。


ツバサ「ユウ、お前これどこで見つけたんだ?」

ユウ「家の蔵の中。死んだじいちゃんが若い頃軍で働いてたらしいから、じいちゃんの遺品なんじゃないかな」

ハルキ「すっげぇよこれ。ここに書いてあるものがもしまだあるなら、俺達でこの町……」

シュン「ぶっ壊せるだろうな。ご丁寧に起爆装置の認証コードまで書いてあるらしいぞ」


 父親に罰として閉じ込められた蔵の中で“それ”を見つけたのは、俺にとって福音だった。その古びた紙の束に書かれていたのは、戦時中にこの町の地下に密かに用意されていた、町を丸ごと吹き飛ばせる規模の爆破装置の存在と、その在り処。

 そして俺達四人には、今住んでいるこの町をぶっ壊したいと思うだけの動機がそれぞれある。


ユウ「なぁ、俺達四人でここに行ってみないか」

ツバサ「行ってどうするんだよユウ?」

シュン「ツバサ、そんなの決まってるだろ」

ハルキ「俺達で、この町を壊すんだよ」

ツバサ「マジで言ってんのハルキ?」

ハルキ「じゃあお前は、今のこの町が良い町だと思ってるのか?」

ツバサ「そりゃあ僕だって———」


 ツバサが何か言おうとしたとき、俺達の秘密基地の外で銃声が鳴り響いた。やや遅れて、パトカーのサイレンが続いて聞こえる。日常茶飯事だ。何も驚きはしない。


ツバサ「武器の流通、違法薬物の取引、警察の汚職。こんな腐った町に未来なんてねーと思うよ」

シュン「同感だな」

ハルキ「シュンもか」

ユウ「決まりだな」


 俺達は今夜の零時に準備を整えて秘密基地前に集合することを約束し、一度解散した。自分から持ち掛けておいてなんだが、びっくりするくらいスムーズに話が進んだな。まさか今日のうちに決行が決まるとまでは期待していなかった。

 いや、俺達四人の境遇を考えれば無理もないか。


「……」

「ユウ、帰ったなら“ただいま”くらい言いなさい」

「……ただいま、母さん」


 家に帰った俺を、ひどく虚ろな目で宙を見つめていた母さんが出迎える。テレビもろくに付けず、家事をするでも趣味に興じるわけでもない。いつも通りだ。だから、きっと次に母さんが俺に聞いてくることもいつもと変わらないんだろうな。


「今日はいったいどこに行っていたの?」


 ———はぁ。


「母さんに何も言わずに、どこに行っていたの」


 ———やめてくれ。


「母さんを残して、どこに行ってたの」


 ———やめてくれやめてくれやめてくれ。


「やめてくれよ!!」

「どうしてよ!?母さんと一緒にいてよ!!ユウだけは、母さんの味方よね?そうよね?」

「知るか!!」


 俺は母さんを振り切って自分の部屋に戻り、内側から鍵をかける。どうして家族なのに、わざわざ自分で錠前をつけてまで距離をとっているんだろう、俺は。普通の家族は、きっとこんなことはしないんだろうな。

 今夜の準備を整えた俺は、早めにベッドで休んだ。眠っている途中、いつも通り父親の罵声が聞こえたような気がしたが、まぁ、どうでもいい。今夜限りだ。今夜でこの町は終わる。俺達が終わらせるんだ。


シュン「よう、遅かったなユウ」

ユウ「シュン、相変わらず一番乗りか。真面目だねお前は」

シュン「五分前行動。社会の常識だ。少なくともここじゃない町ではな」


 シュンは昔から生真面目な奴だった。父親が警察官で、母親は物心つく前には既にいなかったらしい。警官の父親はこの町では珍しく汚職や紛ったことを嫌う、本物の正義感を持った人だったそうだ。

 そんな尊敬する父親を失ったのは、シュンが俺達と出会う少し前。町の不良グループの抗争を止めようとしたときに、連中が隠し持っていた拳銃に撃たれて殉職した。

 シュンの父親は、この町に殺されたんだ。


シュン「もう時間だぞ。ツバサとハルキはまだか」

ユウ「まぁいつものことだろ。特にツバサは」

ハルキ「わりぃ、遅れたわ」

シュン「遅いぞハルキ。三十秒遅刻だ」

ハルキ「へーへー、以後気をつけますって」

シュン「まったく……」

ユウ「あとはツバサだけか」

ツバサ「お、お待ちどう~……」

ハルキ「ツバサ———お前またか」

ツバサ「あぁ、来る途中で運悪く連中に見つかっちまったよ」


 最後に到着したツバサは顔にいくつか新しい痣を作っていた。まぁ、いつものことだ。

 ツバサの兄は、町でも有名な不良グループの一員だった。一員といっても対等な関係じゃない。末端の使い走りみたいなヤツだ。そんなヤツの弟なんて、連中からすればただの体のいい憂さ晴らしの相手か金ヅルでしかない。ツバサがどこか気弱な性格になったのは、昔からそんな扱いを受け続けてきたからだろう。


ユウ「これで全員揃ったな」

ハルキ「あぁ、行こうぜ」


 俺達は町の地下深くに眠る起爆施設を目指して歩きだした。夜の闇よりも醜いもので薄汚れたこの町をぶっ壊すために。

 

ツバサ「なぁユウ、そういやその地下の施設ってどこから潜り込むんだ?」

ユウ「この地図によれば、町の下水道を通っていくことになるな」

ハルキ「げぇっ。臭そうだなー、それ」

シュン「地上だって十分臭うだろ。酔っ払いのゲロとか腐敗した死体の臭いでいっぱいだ。反吐が出る」

ツバサ「でもさぁ、下水ってことはワンチャン俺達が普段用水路とかで出してるウンコとかもそこにあるわけだよね」

シュン「それは、確かに嫌だな」


 シュンはそう言ったが、町のマンホールから潜り込んだ下水道は、思いのほか汚物の臭いはしなかった。しっかり浄化されているのか、それとも俺達の町は汚物以上に臭い町だということなのか。


ハルキ「明らかに後者だな、断言できる」

シュン「まぁいいじゃないか。むしろ下水よりも汚い町なんだったら何の躊躇いもなく吹き飛ばせる」

ツバサ「汚物は消毒だー、ってね」


 昔から四人で町の探検をすることは多かったが、さすがの俺達も下水道に潜り込むのは初めてだった。だから地図に書いてある通りに人が歩ける歩道が用意されていたのは純粋に安心できた。どうやら地図の内容に嘘はないらしい。

 歩き始めてしばらくは何の変哲もないコンクリートでできた細い道を進むだけだったが、ある時点を境にその道のりが徐々に変わっていく。俺達四人のそばを流れていた濁流は姿を消し、代わりに明らかに人の手によって造られた扉や階段、年季を感じる老朽化した発電設備など、かつてこの町の地下に造られたという起爆施設の存在を感じさせた。


ツバサ「なんかいよいよこの町の秘密に近づいてるって感じ、してこない?」

ユウ「そうだな、戦時中に死んだ兵士の幽霊なんかも一緒に出てきそうだ」

ハルキ「おいユウ、怖いこと言うなよ」

シュン「ハルキは幽霊なんて不確かなもの信じてるのか?」

ハルキ「じゃあシュンは信じてないのかよ?」

シュン「信じないね、存在が確定してないものは」

ユウ「それを言うならこの地図に書いてある起爆施設もそうだけどな」

シュン「うっ、それは———」

ツバサ「あはは、“ケツを掘る”ってやつ?」

ハルキ「“墓穴を掘る”な。ケツを掘るってそれ意味違ってくるだろ」

ユウ「ツバサもシュンを見習って勉強頑張るんだな」

ツバサ「う、うっさいな!」

ユウ「うおっ!?」

ハルキ「どうしたユウ、まさか本当に幽霊か?!」

シュン「マジか!?」

ツバサ「いやぁーーーっ!?」

ユウ「違う違う、あれだあれ!」


 俺が懐中電灯で示す先にあったのは、数えきれないほどのおびただしい数の蝙蝠の一団だった。俺の懐中電灯の明かりに反応して何匹かがこちらに向かって羽ばたいてくる。


ツバサ「コウモリぃーっ!!」

ハルキ「おらぁ!!」


 飛んできたコウモリに驚いたツバサの声は、二発の銃声によってかき消された。地下の空間だと普段地上で聞いているとき以上に音が響く。

 銃声の出処は、ハルキだった。


シュン「ハルキ、お前またそんなもの———」

ユウ「って言ってる場合じゃねぇ!蝙蝠の群れが一斉にこっちに来やがった!」

ツバサ「なにしてんのハルキぃーーっ!!」

ハルキ「お前が素っ頓狂な声出すからだろうが!!」


 蝙蝠たちの眠りを妨げてしまった俺達は、以後数分間に渡って連中に追いかけられる羽目になった。

 やっと連中の怒りの炎が収まる頃には、俺達は完全に現在位置を見失っていた。無我夢中で走っていたんだから当然だろう。


シュン「ったくハルキ、なんでお前はまた性懲りもなく拳銃なんて持ってきたんだ。前にも厳しく注意しただろう?」

ハルキ「勘違いすんなよ、これは誰かから買ったとか貰ったんじゃなくて、スクラップの中に捨てられてたのを拾っただけだ」

シュン「出処の話をしてるんじゃない、持つことそれ自体がいけないことだって言ってんだよ」

ハルキ「はっ、これから町を爆破しようとしてる奴が何言ってんだか」

シュン「なんだと?」

ツバサ「あーもうやめようよ。それより、まずはこれからどうするか考えないと」

ユウ「ツバサにしちゃ真っ当な意見だな。ここがどこなのか把握しないと」

ツバサ「あー賛成。というか少し休まない?ここはひとまず蝙蝠も虫もいないみたいだし」

シュン「……そうだな」


 俺達が駆け込んだのは、やはり過去に使われていた軍事施設の一室のようだった。古びた机や椅子に、よく分からない紙が散乱しているところをみると、会議室か何かだったのだろうか。

 改めて地図を確認してみるが、ひとまず目指す起爆装置のある場所までそう離れてはいないらしい。それを共有すると、他三人も一旦張りつめていた糸が緩んだようだ。シュンの持ってきた室内用ライトを設置して俺達はひとまず腰を落ち着けた。


シュン「ハルキ、さっきも言ったが———」

ハルキ「あぁもう分かったって。この件が済んだら銃は帰りの下水にでも投げ捨てていくよ」

シュン「それが賢明だ」

ユウ「まぁ、ハルキは一度それでやらかしてるからな。同じ間違いを犯すこともないだろ。なぁハルキ?」

ハルキ「おうよ」


 ハルキは俺達四人の中で唯一の前科持ちだった。罪状は傷害罪。といってもハルキが好き好んで誰かを傷つけたわけじゃない。むしろハルキは被害者側だ。町の不良たちの抗争に巻き込まれてどてっ腹を撃ち抜かれた。そこで大人しく地面に突っ伏していればただの被害者で済んだんだが、痛みよりも加害者への怒りが勝ったハルキは、別の誰かが地面に落とした拳銃を拾って反射的に自分を背後から撃った誰かに向かって引き金を引いた。

 でもその銃弾が捉えたのはチンピラたちじゃなくて、ハルキと同じ、何の罪もないその場に居合わせただけの一般人だったんだ。

 素人が半死半生の状態で撃ったのが幸いしたのか相手は死には至らなかったけど、それによってハルキは裁きを受ける羽目になった。ハルキは正当防衛を主張したが、同時に検挙された不良たちはハルキが自分たちの共犯だと証言したことで実刑判決が下された。


ツバサ「そういやさ、この町を吹っ飛ばしたら、その後はどうすんの?」

ユウ「その後?」

ツバサ「うん、だって町が吹っ飛んだら僕達帰る場所無くなるよね」

シュン「まぁ、少なくとも俺は帰る家が無くなったとしても、何とかやっていく自信はあるけど。というか、やっていくしかないだろ」

ユウ「シュンは勉強ができるもんな。どこか別の町でバイトでもしながら夜学に通って政治家にでもなりそうだ」

ハルキ「いいよな~シュンは。俺なんて学もないうえに脛に傷持ちだぜ?実際この先どうすっかな~」

ツバサ「ハルキは荒事に慣れてるし、警官とかそういうの向いてんじゃないの?」

シュン「銃も使えるしな」

ハ「警官ね~、まぁ公務員だし贅沢も言えないか。てか警官って前科持ちがなれるのか?」

ツバサ「じゃあさ、俺は?」

ユウ「ツバサは……なんだろうな?」

ハルキ「いやユウ、俺に振んなよ」

シュン「ツバサは案外教師とか向いてるんじゃないか?」

ユウ・ハルキ「教師ぃ!?」

ツバサ「シュン、俺そんなに勉強得意じゃないよ?」

シュン「何も勉強を教えるだけが教師じゃないさ。人の在り方や道徳を教えるのも先達の務めだ。弱い立場にいるツバサだからこそ誰かに教えられることもあるだろう。教師というよりは孤児院の先生とかそういうヤツかな」

ツバサ「ふーん。僕が子供の面倒ねぇ」

ユウ「まぁツバサ自身が子供みたいなもんだしな」

ハルキ「それ言えてるわ」

ツバサ「ひどくない!?」


 俺達はこの先の自分たちの人生について、時間が経つのも忘れて語り合った。思えば、この四人が自分達の将来についてこんなに沢山話したことは今までなかったような気がする。この腐敗した町の腐敗した環境で生きてきた自分達は、輝かしい未来なんてこれっぽっちも期待していなかった。

 この狭い世界をぶっ壊して、俺達の未来を掴む。今夜、ようやく俺達の人生が始まるんだ。


シュン「ユウ、お前はどうするんだ?」

ユウ「俺はそうだな———」


 俺は、何をしよう。仕事の腹いせに家族に暴力を振るう父親と、そんな夫の顔色を窺って息子に依存する母親。そんな二人を見て育ったせいで、何かに憧れるようなことは今までなかった。強いて言えば———。


ユウ「仕事とは違うけど、家庭を持ってみたいかな」

ツバサ「はぁ?家庭?お前結婚すんの?」

ハルキ「誰か女のあてでもあるのかよ?」

ユウ「いやないけど」

シュン「でもお前、家庭を持つってなったら当然仕事は必要だぞ?ましてや子供ができればもっと金はかかる」

ユウ「あぁ分かってるよ。でも俺は、今んとこそれ以外にやりたいこともないんだ」

シュン「そうか。でもなんというか、ユウらしいな」

ツバサ「そうだね、男なのに変わってると思う」

ハルキ「そりゃ、四人で町一つ吹っ飛ばそうなんて言い出すようなヤツだしなこいつ」

ユウ「お前らは、まったく。もういいよ。柄にもないこと言うんじゃなかった」


 大きく背伸びをして、仕切り直すように俺は三人に告げた。


ユウ「さて、んじゃ俺達の輝かしい未来を切り開きに行くとすっか」

シュン「切るんじゃなくて爆発炎上だけどな」

ハルキ「細かいねぇシュンは」

ツバサ「ま、いいじゃん。やることは変わんないし」


 俺達は再び立ち上がり、目的の起爆装置が仕掛けられた場所へと歩を進める。今度はもう、蝙蝠にビビったりハルキが拳銃をぶっ放すようなことはなかった。

 そして俺達は何事もなく、起爆装置が設置された部屋の扉の前までたどり着いた。


ユウ「この扉の奥だ」

シュン「いよいよだな」

ハルキ「さーて、果たして本当に例のブツは実在すんのかね」

ツバサ「もし無かったら僕達完全に骨折り損だよね」

ユウ「あると信じるしかない」


 俺は不安を押し切るように扉を開いた。

 部屋の中は、それまでの通路や部屋とは明らかに違っていた。まず電気が通っている。ここまでの順路は発電設備が機能していないから薄暗かったが、この部屋は薄暗いながらも部屋の所々に明かりが灯っているのが見て取れた。

 人の姿は、見えない。電気はついているのに人の気配がないというのはどこか不気味だった。

 扉から見て部屋の奥には何やら横に長いパネルと液晶があり、ガラス張りの壁のさらに奥には———。


ツバサ「なんだ……これ」

ハルキ「ただ爆弾……とは違うよな、多分」

ユウ「どうやら、ただの爆弾じゃなかったらしいな」

シュン「あぁ、これはどう見ても」


 ガラスの向こうにあったのは、果てが見えないほど遠くまで続く、大量の丸みを帯びたロケットのような何か。

 おそらく、それは核爆弾と呼ばれるものだった。


ツバサ「なんで、核爆弾がこんなにたくさん、しかもこの町の地下にあるんだよ!?」

ハルキ「俺に聞くなよ!」

ユウ「これは……もしこの場で一発でも爆発すれば、町が吹き飛ぶなんて規模じゃ済まないだろうな」

シュン「あぁ。確実に他の核にも誘爆して、町どころか周辺の国、いや下手したら世界中が火の海になるかもしれない」

ツバサ「それはつまり、世界が終わるってこと?」

ハルキ「わざわざ言わなくても分かるよそんなこと」


 俺は目の前にあったパネルを操作してみた。部屋の電灯がついているなら、このコンピュータもまだ生きているはずだと思った。電源らしきボタンを押すと、ウィーンという何かが作動する音が部屋に響き、液晶に画面が映し出された。


ハルキ「おいユウ、何してるんだよ?」

ユウ「これが本当に核弾頭なのかどうか、データが残ってるかもしれないだろ」

シュン「望み薄だな」

ユウ「そう言うな。調べるだけ調べて———って……はぁ、ダメか」


 現実はいつだって無慈悲だ。

 データを漁って得られた結論は、ここに用意されているのは紛れもなく核爆弾だということ。数にしておよそ一万。人類滅亡はともかく、世界各国の都市機能を停止させるには充分な数だろう。ご丁寧に起爆した場合の被害予想結果まで映してくれた。

 液晶画面にたたき出された予測データに、俺達はただ沈黙することしかできなかった。これから俺達が何をすべきなのか、その回答を持ち合わせている人間はこの四人の中には一人もいなかった。

 ただ一つ言えることは、俺達は今、世界を滅ぼす権利を持っているということ。何しろ、ここにある一万の核を爆発させるために必要な認証コードは俺達の手元にあるんだから。でもそれは、俺達の輝ける未来が閉ざされるということを意味する。

 最初に沈黙を破ったのはハルキだった。


ハルキ「なぁ、一応聞くけど、この中でここにある爆弾を作動させてもいいと思ってる奴、いるか?」

ユウ「それはつまり、この世界が滅んでもいいと思っているかどうかってことか」

ハルキ「いやそうは……そうなるか」

ツバサ「僕は正直、爆発させてもいいと思ってるよ」

シュン「マジかよ、ツバサ?」

ツバサ「だって、ここで何もせずに帰っても、僕達またあのクソみたいな町で一生過ごすことになるんだろ?」

シュン「決めつけるなよ。時間が経って大人になれば町を出てやっていくことだってできる」

ツバサ「大人になるまでね~。大人になるまで果たして僕らはこの町で生きていけるのかな」

ハルキ「まぁ正論だな。俺も、またあの時みたいに腹に穴開けられて死にかけるのはごめんだわ」

シュン「だからってそんな。俺は反対だ」

ユウ「賛否は一票ずつか。ハルキはどうだ?」

ハルキ「俺は正直どちらでもいい」

シュン「お前それ」

ツバサ「一番求められてない回答だしそれ」

ハルキ「いやだってよ、そうだろ?このまま町に戻っても地獄、爆弾を起爆しても地獄。どちらにしても結果は変わらないじゃねーか」

ツバサ「それはそうだけどさ」

シュン「ユウ、お前はどう思う?」


 賛否一票ずつに、投票権放棄者が一名。残る俺の選択次第で、世界が変わる。世界が、俺の掌の上にある。世界を滅ぼす力が、ある。

 なんだか、陳腐な小説みたいな話だ。

 俺は。

 俺は……。

 俺は———。


ユウ「俺は———」

ツバサ「うおっ!?」


 口を開いたその瞬間、不意にツバサが素っ頓狂な声をあげた。ほぼ同時に、パネルのボタンを押す『ピッ』という電子音が聞こえた気がした。


シュン「なにやったんだツバサ!?」

ハルキ「ちょ、お前これ!」

ツバサ「へ?」


 液晶画面には、【非常事態モード】という文言が表示されていた。続いて、部屋のスピーカーから機械的なアナウンスが響き渡る。


『非常事態モードが作動しました。十秒後にこの施設は爆破されます。』


「「はぁ!!??」」


 考えるより先に、俺の手が端末のキーボードを叩いていた。非常事態モードを停止させるために。


シュン「今ここが爆破したら、ここにある核爆弾も爆発しちまう!」

ハルキ「嘘だろおい!?」

ツバサ「僕まだ心の準備できてないし!!!」


 三人のそんな声を尻目に、俺は世界に残された十秒を駆使して、緊急停止の画面にまでたどり着いた。


『残り、五秒前』


 ———【認証コードを入力してください】だぁ?


『四』


 ———待て。俺がここで認証コードを入れなければ、このまま世界は終わる。それじゃダメなのか?


『三』


 ———少なくともこのままこの町に居続けても俺に未来はない。暖かい家庭だって築くこともできないだろう。


『二』


 ———そうだ、こんな世界、滅んだっていいじゃないか。


『一』


 ———さよなら、クソったれな世界。

 ———。

 ———。

 ———。

 ———いや、違う!!


 残り一秒の内に認証コードを入力した。


『緊急停止命令が認証されました。非常事態モードを解除します』


 部屋にアナウンスが流れ、俺はホッと胸を撫でおろした。

 やや遅れて、ツバサが床に崩れ落ちる。


ツバサ「こ、怖かった。怖かったよぉ」

シュン「お前は本当に何考えてるんだ!もう少しで世界が終わるところだったんだぞ!!」

ハルキ「しかし、たった十秒でよく止められたなユウ?」

ユウ「あぁ、我ながらすごいと思う」

シュン「我ながらどころか誰の目から見てもすごいぞユウ。お前、文字通り世界を救ったんだぜ?」

ツバサ「べ、別に感謝なんかしてないし。あのまま世界が終わってもよかったもん僕は」

ハルキ「さっき思いっきり怖かったって言ってたろうがお前」


 身体中から緊張の糸が解けるのを感じる。その場にあった椅子に背中を預けてそのまま部屋の天井を仰ぎ見た。

 そうか、俺は今、世界を救ったのか。


シュン「それで、ユウ。世界を救って早々悪いけど、さっき話してた答えは?」

ハルキ「答えは聞くまでもないんじゃないか?たった今行動で示してたしよ」

ツバサ「まぁ多数決の結果には従うけどさ」

ユウ「あぁ、そのことか。それについては———」


 三人の視線が俺に集中する。


ユウ「保留だ」

シュン・ハルキ・ツバサ「保留?」

ユウ「あぁ。少なくともこの町の地下には町どころか世界をぶっ壊せるくらいのモノが隠されていて、俺達四人はその在り処と動かし方を知っている。だから、俺達の中の誰かがこの先、本当に世界を滅ぼしたいと思った時にまたここに来て、世界を終わらせたらいい」

シュン「……お前それは」

ハルキ「あれだな」

ツバサ「あれだね」

ユウ「ん?」

シュン「模範回答だ」

ハルキ「まぁ、それが一番ベストなのかもしれねーな」

ツバサ「僕はもしかしたら明日にでもここに来るかもしれないけどね」

ハルキ「ははっ、ツバサみたいな馬鹿に世界が滅ぼされんのかよ。やっぱり世界って大したことないのかもしんねーな」

シュン「逆に言えば、いつでも自分はこの世界を終わらせられると思えば、人生の大抵のことは乗り越えられるんじゃないか?」

ツバサ「言えてる」

ハルキ「そういえばユウ、起動に必要な認証コードってなんだったっけ?」

ユウ「あぁ、それなんだが———」


 正直、俺が僅か十秒のうちに認証コードを入力して世界を救うことができたのは、この認証コードのおかげだ。緊急停止命令を出す役割を果たすという意味ではなく、そのコードの内容という意味で。


ユウ「【パスワード】だ」

シュン「そりゃ、認証コードはパスワードみたいなもんだろ?」

ユウ「違う違う、認証コードの入力文字列が【パスワード】だって意味だよ」

ツバサ「もしかして、だからあんな短い時間で停止命令入力できたの?」

ユウ「あぁ、覚えやすい上に単純だったんでな」

ハルキ「なんだそりゃ?」

ユウ「ふ、ふふっ」

シュン「くくく……」

ハルキ「プッ」

ツバサ「はは」


 俺達は、笑った。笑うしかなかった。この世界を滅ぼすために必要な鍵は、【パスワード】なんていう単純で安直な言葉だったんだから。

 やっぱりこの世界は、大したことないのかもしれない。滅ぼすにも値しないほどくだらないものなのかもしれない。その程度の世界で不幸を呪っている自分たちがひどくちっぽけに思えて、惨めで、それ以上に痛快で仕方なかった。


ユウ「はぁ……んじゃ、帰るか」

シュン「あぁ」

ハルキ「おう」

ツバサ「うん」


 俺達は、世界を滅ぼす可能性をそこに残して、下水道を進んで外に出た。俺達が外に出る頃には、もうすっかり夜は明けていて、世界には朝がやってきていた。いつもと何ら変わらない青い空に白い雲、そして不快な町の臭い。そこにあったのはいつもと何ら変わらない日常。

 でも、それは紛れもなく、今夜俺達が守った世界だった。


ユウ「そういやさ」

シュン「ん?なんだよ」

ユウ「俺、将来の夢、できたかも」

ハルキ「マジかよ」

ツバサ「なになに?」

ユウ「俺、エンジニア向いてるかも」

シュン「あぁ」

ハルキ「確かに」

ツバサ「向いてると思うよ!」

ユウ「やっぱり?」


 くだらない世界を救った代わりに、俺はささやかな夢を見つけた。

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