エピローグするなら異世界で!

 拝啓、お父さんお母さん。お元気ですか?

 そちらでは、慌ただしい毎日をいつもと変わらず過ごしていますでしょうか?

 異世界はなにかと慌ただしかったですが、安心してください。俺は元気です。


 ようやく一段落つきました。あれから、どうやら事は治まったようでして、見守っていてくれていたであろうお父さん達には一応顛末を伝えておこうと思います。


 やはりと言うべきか、今回の婚約騒動────第三王子の独断で動いていたみたいです。


 国王様にも王妃様にも内緒で婚約を進め、事後になってから報告をするみたいでした。そうなれば、避難こそ浴びるものの内輪でことは済み、公には発表することができず婚約できると考えていたのだとか。


 それに協力したのが、第三王子の派閥。なんでも、公爵家を婚約という形で取り込んでしまえば、王位継承争いで有利にことが進めるとのこと。まぁ、本人はただリンネが気に入ったからから婚約したかっただけですが。


 詳しい事情は貴族社会に疎いのでよく分かっていないのですが、とにかく貴族社会のあんなこんなが渦巻いていたようです。

 全部、レイスさんが教えてくれました。結論として、今回の件で第三王子はあれから色々と脅迫してきたことが芋ずる式に明るみになり、王位継承権を剥奪、しばらく王城で謹慎されることになりました。


 一言で言えば「ハッ! ざまぁwww!」ですけどね。他人の幸せを無理矢理奪うのはクソ野郎ですからね。もちろん、安心してください。お父さんとお母さんに育てられた俺はスーパー優良児。そんなことはせず、自力で女の子のハートを奪ってみせます。

 ……奪ってみせ、るんですけど……。


 …………………………。


 お父さん、恥を承知でお聞きしたいことがございます。

 不肖、この水原凪斗十七歳童貞。誰とは言いませんが、誰かの遺伝子がどうやら悪かったみたいで……今まで女の子とお付き合いした経験がございません。


 だからこそラブコメに憧れていたのですが────やめてください、お母さん。今、ここまで殺気が飛んできた気がします。誰とも言ってないじゃないですか。お母さんじゃないですよ。


 ……というわけで、俺は女の子に対する経験が皆無です。


 だから……そ、その……女の子が頬にキスをしてきた場合……これは好意を向けてくれていると解釈してもよろしいのでしょうか?


 も、もちろん自惚れの可能性もあります! 確かに、あの後ミラシスとソフィアと一緒に祝賀会をした時は、普通な態度でした。それはもう、お花を摘みに行くと言って下着を脱ぎに行くぐらいには普通です。いつも通りでした。


 ん? そんな女の子がいるわけないじゃないかって? はっはっはー! 分かっていないですねお父さん! 本当に……いるんですよ。自ら下着を脱ぐ変態が。


 まぁ、それは異世界だからって割り切ってます。ファンタジーですもん……そういう前世では見ないようなキャラだっていますよね。……多分。


 あれ……? よく考えれば、変態は守備範囲外だし、別に好意を向けられているなどと考えなくてもいいのではないのでしょうか?


 いや、ですが……リンネって、そこを抜きにすれば本当にメインヒロイン級の存在なんですよ。優しいし、可愛いし、超絶美少女だし、真っ直ぐで好感が持てます。


 だからこそ……俺も、リンネの幸せが踏みにじられるのが嫌で、やるべきことをやったわけですが……。


 本当に、ラブコメというものは上手くいきません。こうして好感を持たれているかも分からず頭を悩まさないといけませんし、想像以上に重たいイベントでしたし……これもファンタジーのラブコメだからでしょうか? それなら甘んじて受け入れます。


 それで……結局どうですかね? リンネって、俺に好意を持っていると思いますか?

 え? そんなの分かるわけないだろって? はぁ……ダメダメな親を持って恥ずかしいですよ。……嘘です、そんなことありませんだから殺気を飛ばさないでくださいお母様。

 ……それともう一つ。


 俺は、ちゃんとラブコメできたでしょうか?


 ラブコメはすべからく、ハッピーエンド迎えます。

 今回の件でエンドは迎えていませんけど……果たして、リンネは幸せになれるでしょうか?


 俺が目指すラブコメはそういうものです。ヒロインが幸せになって、その子を好きになって、その子とお付き合いしたい────その過程で、幸せになるという道を……彼女は歩いてくれるでしょうか?


 もちろん、主人公は俺ではないのかもしれません。今後、リンネの前に新しい主人公が現れるかもしれません。

 それでも……不幸にならずに済んだでしょうか?


 ……そう、ですよね。俺も不幸にさせるつもりなど毛頭ありませんし、この道を進ませた責任はきっちりとります。

 だったら幸せになれるよ、だって? そうですか……お父さん達がそう言ってくれるなら、俺は胸を張ります。


 これで、俺はこれからもちゃんとラブコメができると思います。


 ……そろそろ余白部分も少なくなってきました。名残惜しくはありますが、これで筆を止めさせてもらおうと思います。

 最後に────


 安心してください、お父さんお母さん。

 俺は異世界でも元気でやってます。


「ナギトー、今少しいいかな?」


「大丈夫っすー」


 師匠の声が聞こえ、俺は筆を置いて部屋の入り口に立っている師匠の元に向かった。


「君宛て手紙だよ」


「ありがとうございます、師匠」


 俺は師匠から綺麗に宛名が書かれた便箋を受け取った。


 俺宛てなんて珍しい。いつもは師匠宛てに仕事の依頼が来てるぐらいで、滅多に手紙なんか来てないのに。


 俺は、疑問に思いながらも丁寧に便箋から手紙を取り出した────


「ははっ」


 それを見て、俺は思わず笑ってしまった。


「どうしたんだい、ナギト? いいことでもあったかい?」


「えぇ……そうですね。まぁ、俺の行動は間違っていなかったって分かったからですかね」


 差出人は……リンネ・セレベスタ。

 そこには────


『私は今、幸せよナギト。だから……また今度、うちに遊びに来てちょうだい』


 短い文章。言葉で伝えてくれればよかったのに、わざわざ送ってきた簡単なもの。

 その文章の中には────「幸せです」と、ちゃんと書かれてあった。


 前世でも、こんな気持ちになったことはない。


 異世界に来たことによってラブコメできるからとラブコメに憧れて、ラブコメをしたいと思って、彼女がほしいと思いながらも自分の信じるラブコメを貫いて────その結果が、幸せだ。


 そう分かった瞬間……嬉しさが込み上げてくる。


 彼女ができたわけじゃない。俺の描く理想のヒロインと出会ったわけでもない。

 魔法も師匠のしか使えないし、未だに異世界だからという恩恵も受けたわけじゃない。

 だけど────


「異世界に来て、よかったなぁ……」


 やっぱり、ラブコメするなら異世界だ。

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