ラブコメするなら異世界で!

 拝啓、天国のお母様。お元気でしょうか?

 私は今日、人生の不幸を歩く予定でした。望まぬ相手と婚約しようとして、明るさのないレールに進もうと思っていました。


 だけど……ある男の子が、私を幸せな連れて行ってくれました。私が決めて、私が責任をとろうとしていたのに……あいつったら、婚約式に乱入してきたんですよ? 魔法も使えない、地位もお金もあるわけでもないのに……私のためだけに、危険をおかして────


 だから安心してください、お母様。


 私は、あいつのおかげで元気です。


 式場から出た私達は、そのまま市場を歩いていた。

 私の手を握るナギトは目的を見据えているかのように真っ直ぐに迷いなく目的地に向かおうとしている。


「ねぇ、ナギト……? 私達、これからどこに行くのよ?」


「ん? 今から説教も兼ねての祝賀会に行く予定だ。ミラシスの家でささやかながらのパーティーを開く」


「何で祝賀会なのよ……」


「そりゃ、お前が元いた幸せな道に戻ってこれた祝い。ミラシスとソフィアも心配してたからなぁ……今頃きっと、今か今かとそわそわしながら待ってるんじゃないか?」


 そう……やっぱり、二人も心配してくれてたのね。今更ながら申し訳なさが蘇ってくるわ。二人にはちゃんと謝らないと……心配かけてごめんなさい、って。


 でも、その前に────


「……ナギト、今日はごめんなさい」


 立ち止まり、繋がれた手を見つめながら、私はナギトに謝罪する。


「私が間違った選択をしちゃったから……ナギト迷惑かけちゃったわ。一歩間違えばナギトの人生は終わっていたのに……私のために式場まで乱入してきて、それに……あの時は突き飛ばしちゃって、本当にごめんなさい」


 間違いなく、今回の件で一番迷惑をかけたのはナギトだ。あんなに冷たくあたっても、一歩間違えればただの不敬罪で捕まるはずなのに……それでも見捨てず、助けに来てくれた────全部、私が不甲斐なかったから。初めから、私が自分の幸せ考えていれば────


「ばーか」


「きゃっ!」


 そんなことを思っていると、不意におでこに小さな痛みが襲ってきた。


 慌てておでこを押さえ、顔を上げると……どうやら、デコピンをしたらしきナギトの姿があった。


「全部俺がしたいからした、お前に本当のラブコメを見せてやりたいからここまでした、単純にそれだけの話で、謝罪よりお礼を言われた方が俺は喜ぶの。ヒロインを助けれたっていう実感が湧くからお礼を言って欲しいの、分かる?」


 それにな、と。ナギトは言葉を続ける。


「さっきも言ったけど、誰も自分の行動が正しいなんて分かるかよ。俺だって、本当に自分の行動が正しくて、お前を助けたことを正解なのかなんて分かってねぇんだから」


 あの時、ナギトは確かにそう言った。私の行動が間違っていて正しいのかも、自分の行動が間違っていて正しいのかも、分からないのだと。今の言葉は、その言葉だ。


「だったら、やりたいようにやるのが一番だろ? 俺はリンネの婚約が嫌だったから、やっただけ。正解じゃなかったら、その時は俺が幸せにしてやれば万事解決。俺は、この選択に後悔しないの」


「……ねぇ、もしかして私の婚約を止めたのって、私のことが好きだから? だから、今口説いてるの? そうなんでしょ?」


「ばっ!? ばっか違うわい! 何言ってんの!? 何言ってるのよこの子は!? 今時、式場で漫才をする余興は冷めるって相場が決まってんのよ!? だったらそういう冗談やめてよね!?」


「冗談よ、冗談だから落ち着きなさい」


 ナギトは急に顔を真っ赤にして狼狽え始めた。本当に、ナギトは女の子と付き合いたいという割にはそういった面で耐性が弱すぎる。


 ……あぁ、私の顔も熱くなってるわ。


(これも全部ナギトのせいよ……)


 さっきから、握られている手から熱が離れない。それを感じる度に心臓の鼓動が早くなる。落ち着けってずっと思っていないと、すぐに声が上擦ってしまいそう。


「はぁ……男をからかうなってーの。別に口説いてるわけじゃないんだし」


「えぇ……そうね」


 だけど、ナギトの言葉に少しだけ胸が痛ん

でしまう。

 ……理由なんて分かっている。ナギトに否定されたからだ────口説いているわけじゃない、と。


「それにしてもナギト……よく私の専属使用人を確保しようって思いついたわね? お父様が考えたの?」


「んにゃ、レイスさんには協力してもらっただけ。式ぶち壊す方法考えたから、とりあえず師匠呼んで、俺が騎士さんに捕まらないようにして、専属使用人さんを何としてでも引き抜いてくれって言った。発案は全てミー! 褒めてもいいのよ?」


「……絶対に褒めないわ」


「どして!?」


 だって、そうじゃない……。ナギトがしたことは全部不安要素が多すぎるのよ。

 まず、お父様が引き抜きに成功しなければただの乱入者、そもそも私が専属使用人の件で脅されていなければ同じくただの乱入者、私があの場で政略結婚ですって押し切ってナギトの手を取らなかったら……本当の不敬罪。


 どの要素も確証がなくて、薄っぺらいもの……よくもまぁ、こんな考えで私を連れ出そうと思ったものね。


(本当に……馬鹿なんだから……)


 自然と口元がほころんでしまった。


「ちなみに、ミラシスにも手伝ってもらった。「扉を派手に壊してくれー」って言ったら、本気で粉々に壊れた。つきましては、俺にあの扉を直すお金がなくてですね、お願いできないかと……」


「はぁ……色々と台無しね。そこはお父様が直してくれると思うわよ」


「はい、セーフ! よかったぁ……マジ、これで心置きなく祝賀会できるわぁ……」


 全く、心配するのはそこじゃないでしょ。私に心配させないようにしているのか分からないけど、こっちはため息よ。


(でも不思議……さっきまで沈んだ気持ちが嘘みたいだわ)


 好きでもない最低な男と婚約することで、私の道を諦めていたけど、今は違う。


 こんなにも気持ちが晴れやか。私はこれから、幸せな道を歩けるのだと実感してしまう。


 そう思えるのは、間違いなくナギトのおかげ。ナギトがいなかったら……私は、今頃婚約式を終えて正式に婚約が確定してしまったところだったと思う。


 そうなれば、私は後々結婚して────望まぬ男と一生を添い遂げていた。


「やっぱり、今のお前の姿って注目浴びるなー。白って目立つよな?」


「そうね、こんなに注目を浴びるなら下着を履かなければよかったわ」


「……ブレないんですね、あなたは」


 ブレないでいられるのも、あなたのおかげ。分からない? 本当にこんなことを言えるのはナギトだけなのよ?


(そう……全部、ナギトだからなの)


 分かってしまう。私はそんなに鈍い女の子じゃないもの。


 こんなにドキドキするのも、繋がれた手が嬉しく感じるのも、赤くなった顔を必死に隠そうと平静を装うのも、一つ一つの会話が楽しく感じるのも……全部ナギトだから。

 今日、この一件で────その気持ちがより一層強くなった。


(ねぇ、ナギト……私、ひろいんになれたかしら?)


 前に一度、ナギトの言っている言葉が分からなくて聞いたことがある。

 ひろいんとは、物語に出てくる女の子のことらしい。そのひろいんは作品によって色々いて────主人公と結ばれるひろいんもいるんだとか。


 ナギトは、そんなひろいん求めている。恋人がほしいと、常日頃そう言っていた。

 今度らぶこめ? も聞いてみようかしら? 聞けば、ナギトがどうしてそれを求めているのか分かるかもしれないわね。


(でも、私は今……幸せよ、ナギト)


 ひろいんは幸せにならないといけないって言ってたわね。

 ナギトという物語の中に私がひろいんであるなら、私は幸せになれた……だから、私はあなたの望むひろいんになれるかしら?


「ナギト」


「ん?」


「まだ、お礼……言ってなかったわね」


 私はナギトの顔を見上げる。端正な顔立ちではない、好み……というわけでもないわ。

 でも、ナギトだから……こんな私を助けてくれたナギトだから────愛おしいく感じてしまう。


 だから……私は、そのままつま先を上げて、ナギトの頬に向けてそっと唇を触れさせた。


「ッ!?」


 ナギトの顔が、みるみる赤くなっていく。

 ふふっ、そういう初心な反応……本当に、可愛いわね。


「ありがとう……ナギトは私の主人公よ────」


 願わくば、次は別の場所に触れることができますように。


「いつか……私があなたのひろいんになりたいわ」

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