ヒロインを助けるなら異世界で!
拝啓、お父さんお母さん。お元気ですか?
人には、やらなければならないことがあります。このやらなければならないことが正解を踏んでいないのかもしれません、迷惑なのかもしれません。それでも、自分の行動と選択を信じ、前に進まなければいけない────前世ではここまで強い気持ちを抱いたことはありませんでした。
だけど、俺はやりたいようにやります。自分の行動を信じ、その結果に幸せが訪れることを信じて。
見ていてください、お父さんお母さん。息子は今日、ヒロインを幸せにしてみせます。
注目が、自分に集まるのを感じる。
それも当然だ、こんなにド派手に登場したのだから浴びない方がおかしい。いやぁ、人気者じゃなかった俺には辛い視線だ。今なら、引き篭って師匠と一緒に余生を過ごしたいという思いが強くなってしまう。
だけど、臆するな。こっちとらちっぽけな平凡な高校生だが……ラブコメを愛する気持ちは誰にも負けてねぇんだから!!!
「……ナギト、祝う場に乱入とは……一体どういう了見かな?」
視線が集まる中、まず先に口を開いたのは白い服に身を包んだ二人に祝福を与えようとした師匠であった。
「師匠……俺は、祝愛の魔女の弟子として────この婚約に異議を申し立てます!!!」
『『『なッ!?』』』
俺の言葉に、周囲が驚く。だけど、周囲は気にするな────前だけを向け。
ヒロインは、目の前にいるだろうが。
「それは……どういうことかな? この子が好きだから? 故に、婚約を認めたくないというちっぽけな理由かな? 門出を祝う者として────そんな私情を挟むのかな、我が弟子?」
「違います師匠! 俺は、この婚約は祝うべきものではないから割って入っただけで……決して私情は挟んでいません! これは、祝愛の魔女の弟子として、認めてはいけないと思ったからの行動です!」
「ふむ……そうか」
師匠は考え込む。いや、考え込む素振りをしてくれている。
そんな中、リンネが目を見開いて驚き、隣にいるイケメンが……ハッと我に返り、ニヒルな笑みを浮かべた。
「貴様! 正式な婚約の場で乱入とはどういう了見か! 皆の者、この男を捕らえよ!」
第三王子が俺を捕らえるように、端に控えていた騎士に命令を飛ばす。
至極当然の反応だ────いや、違うな。お前はこの乱入が『好機』と見たんだろう? 分かってるよ────このまま、乱入者に流れをもっていって師匠からの祝福を防ぎたいんだろう? そうすれば、『自分達が愛し合っていない』と皆に知られずに済むからなぁ?
だけど────
(想定済みだこんにゃろう!)
騎士達が一斉に俺に向かって迫り来る。魔法も使えない、武術も剣術も凡人以下の俺にとっては甲冑を被った騎士達は恐ろしく感じるけど……大丈夫。
「待て!!!」
そんな怒号が響き渡る。声の主は……レイスさんだ。
「どうして止めるのですか、セレベスタ公爵!」
「いやなに、我が娘の婚約が認められないと言われれば聞かなければならないだろう? 場合によっては、捕らえる以上の不敬罪を与えなければならないのだから」
「乱入してきた時点で不敬罪だ!」
「それはそうだ……だけどね、『認められない』と言うほどの懸念が新たに生まれたんだ。娘の幸せを願う者としては、聞かざるをおえないだろう?」
「ッ!」
第三王子が口篭る。そうだ、そう言われてしまえば無理に押すことはできない────何故なら、そうしてしまえば「後ろめたいことがある」とアピールしてしまうことになるのだから。
「言ってみたまえ、そこの少年────ことと次第によっては、今すぐにでも騎士を動かさなければならないが」
「……ありがとうございます」
レイスさんの言葉を受け、俺は安堵と緊張感が蘇る。
そんな思いを深呼吸で落ち着かせ、両手を広げて大仰に声を大にして叫んだ。
「今回の婚約……脅迫の疑いがあります!!!」
『『『何!?』』』
会場にいる者、師匠とレイスさん以外が驚きの声を上げる。第三王子も驚き、リンネも口を押さえて驚いていた。
だけど────リンネは、唇を噛み締めいつもの柔らかい笑みではなく、無表情の……厳しそうな顔を向けてきた。
「何を根拠にそう言ったのかしら? その言葉は、不敬にあたるわよ?」
あぁ……お前はまだそこにいるつもりなのか。報われないヒロインとしてのポジションに立つつもりか……だけど安心しろ、俺がそこから引きずり下ろしてやる。
本当のラブコメというものは、ヒロインがそんな場所に立っちゃいけねぇんだから。
「……根拠なんて、ない」
「だったら、その言葉は完全に不敬よ。あなたに何の根拠もなければ────ただの侮辱、分をわきまえなさい!」
「その前に、これだけは言っておく────」
リンネに向かって、俺は真っ直ぐに見据えた。
「お前の元専属使用人────マリアは今日をもってセレベスタ公爵で働くことになった!」
「ッ!?」
「この言葉の意味が分かるか、リンネぇ!!!」
俺はリンネに向かって歩く。ズカズカと足を踏みしめ、言葉を詰まらせた悲劇のヒロインの元に……手を差し伸べるがために。
「誰か、こいつを止めろ!」
第三王子が会場全体に助けを求めるために叫ぶ。だけど、誰一人として動かない。それは────
「ボクの弟子の邪魔をするな、いち人間風情が」
師匠が、周囲に向かって睨みを効かせたからだ。どうしてここまで効果があるのかが分からない。知っていたつもりだったけど……師匠って、この国でどういう扱いでどういう認識なのだろうか?
……まぁ、いい。今は、俺のするべきことをすりだけだ。
「これでお前は幸せになる権利が戻ってきた! そこに、立つ必要はない! 望まない選択をする必要はない! 全部、お前に権利が戻ってきたんだ!」
リンネの前に辿り着く。隣にいる第三王子が掴みかかろうとするが、師匠が間に入って牽制してくる。
だから、俺の邪魔をするやつは……目の前にいるリンネだけだ。
「……私は、自分でこの選択をしたの。私は、一度決めたことを変えたくない」
「それが貴族の矜恃か? それともお前のプライドか? ふざけんな! お前の行動や選択が全部正しいわけじゃねぇだろうが!」
「それを言うなら、あなたがやっていることだって正解かどうかなんて分からないじゃない!」
リンネが叫ぶ。認めたくないが故に。
「あぁ、分かんねぇさ! でも、お前が幸せになれないってことぐらいは分かるわボケ! そんなに正解がほしいか!? 少なくとも、お前の行動が間違っているって確証がほしいか!? ほしいならくれてやるよ────お前が、この選択を望まないにもかかわらず選択してしまったってことを!」
俺は一歩下がり、第三王子とリンネを視界に捉える。
『祝愛の魔女が弟子────ナギト・ミズハラが、お前達二人に祝愛を授ける』
両手を広げ、絢爛輝く天井に向かって言葉を紡ぐ。
『門出は運命的な出会いを果たした二人が潜る者。見守る我は大きな祝福という名の賛辞を』
徐々に俺の周りに淡く輝く黄色と桃色の光が溢れ始めり、その光は式場全体に広がり、式場全体を覆い尽くす。
「やめろ、平民!!!」
横から聞こえる囀りなど気にするな。
さぁ、リンネ────お前の選択を、否定してやる。
『祝福は二人の未来に幸せを与えるために────祝愛の
淡い光は二人に────降り注ぐことはなかった。式場全体に広がったまま霧散し……その光は綺麗さっぱりなくなっていった。
「なぁ、これで分かっただろ!? 祝愛の魔法は愛し合った二人に降り注ぐ────だけど、お前達には降り注がなかった! これは、二人が愛し合ってない証拠だ!」
『『『ッ!?』』』
式場がざわめき立つ。愛し合っているからと婚約するにもかかわらず互いに愛し合っていないのだと証明されたのだから。
確かに、前世で見た異世界系の作品には政略結婚というものがあったが、この度の婚約は二人が愛し合っていると公言していたからこそ開いたもの。
そもそも、愛し合っていないのなら……レイスさんが許可していない。そして、レイスさんはここにいる公爵家の関係者を『そういった関係』だから呼んだらしい。
であれば、皆が驚くのも無理はない。自分達が想定していた婚約とは違うのだから。
もちろん、愛し合っていないからといって婚約しない理由はない。先程も言ったが、政略結婚というものはどうやらあることはあるらしいのだから。
だけど────
「愛し合っていないのであれば、幸せは訪れない! 金、地位、名誉、お前はその条件があるからって結婚するような女じゃないだろ!? だったら、ここで婚約する必要はない! 何故なら、ここにお前の幸せは存在しないからだ!!! ここまでして否定できるものならしてみろ、リンネ・セレベスタ!!!」
「…………」
リンネは俯く。どんな顔をしているのか、覗いてみないと分からない。けど、小さく握られたその拳は……震えていた。
「こ、こんなのはデタラメだ! 君は、祝愛の魔女じゃない! 君がやった魔法は間違っているぞ!」
「ほう……? ボクの弟子の魔法を否定するのかい? 確かに、ボクの弟子は未だに弟子のままだ、疑うのも無理はない────だったら、ボクが代わりにやってみようか? まぁ、結果は変わらないだろうけどね」
「〜〜〜〜ッ!?」
師匠の言葉が、第三王子を黙らせる。
あぁ……それは愚策だ。黙ってしまえば、俺の魔法を『認めた』ということになる。
まぁ、否定しても師匠が代わりにやるから結果は変わらないのだろうけども。
『お、おい……リンネ様、愛してなかったのか?』『いや、第三王子様が愛していないという話も……』『だ、だが、脅しという話が……』などと、ざわめきは強くなってしまった。これは、第三王子の反応故の声だろう。
「黙りか!? お前は、ここで自分の答えから逃げるのか!? 自分の答えが間違っていると証明して、元専属使用人が公爵家で再び働くと聞いても、お前は声にしないのか!? だったら、俺がもう一度言ってやる────」
俺はリンネの華奢な肩を掴む。すると、リンネは肩を震わせて顔を上げた。
俺は……その瞳を逃がさない。ヒロインの幸せを、逃がさない。
「ヒロインは、幸せになるべきなんだ! 苦境、紆余曲折、境遇、環境が悪かったとしても、最終的には幸せになる! それが、ラブコメなんだ! お前は、俺のラブコメの物語に入っていないかもしれないが、それでもお前という一人の女の子が幸せにならない方向に進まないのは許せない! 誰にでも、幸せを掴む権利はある! どんなに自分の矜恃とプライドが大事でも、そのプライドはお前自身が幸せにならなければ意味がない! 他人の幸せのために自分の幸せを下にすることは許さないッ!!!」
必死に、思いの丈を伝えるために叫ぶ。周囲の声など耳に入らず、自分が何を言っているのかも理解できず、ただ集中するのは伝えることだけ。真っ直ぐに、目の前に自分の姿が映るルビーの瞳を見つめる。
「私、は……自分の選択に……」
「不安があるから、後ろめたくて望まぬ選択じゃないからお前は言いきれねぇんだ! いつものお前なら、ここで俺がどんなに叫ぼうとも押し切るさ! お前は、真っ直ぐなやつだからだからな! だが、今のお前は曲がっているよ、厄介なほどに曲がっているよ! いつもの趣味の方が可愛く見えるぐらいに面倒くさく曲がってるわ!!!」
「ッ!?」
「俺が間違っているならはっきりと言え! 乱入した責任はとるよ! 邪魔したことに不敬だって言うんなら、今すぐここで首でも吊ってやる! ちゃんと皆に土下座した後でな!」
もし、全ては俺の勘違いで、勝手な妄想の末、門出を邪魔したとなればいくらでも謝罪しよう。罰を受けよう。
証拠もなければ確証もない、だからこそ俺はリンネに訴えているのだ……「違うのか?」と。
「わ、私は……」
リンネの瞳が揺れる。透き通ったルビーの瞳が徐々に潤み始め、いつもの堂々とした彼女からは考えきれない。
自分がこんな表情をさせたのは分かっている。その責任は……しっかりと背負う。
ごく普通の高校生であった俺でも、とれる責任は全て背負ってやる。
「俺が与えた選択肢で幸せになれなかったら俺が幸せにしてやる! この道は正しかったのだと、自分は幸せになれたんだと胸を張って口にできるように俺が責任をとってやるよ! そのために、俺はここまでやったぞ! だから────」
最後に、俺はリンネに向かって今までで一番大きな声で叫んだ。
この声が、彼女の胸に届いてくれると信じて。
「逃げるな、リンネ・セレベスタ!!! お前はお前の幸せになれる方を選びやがれッ!!!」
逃げるな、自分の幸せを考えろ。
異世界だろうが、現実世界であろうが、どんなラブコメのヒロインも必ず幸せになる……幸せになれる権利があるのだから。
お前は────その幸せを掴む権利がある。誰もが、お前の幸せを望んでいる。
「ねぇ、ナギト……」
師匠に塞がれている第三王子が何やら騒いでいる。周囲のざわめきが止まらない。師匠とレイスさんだけが、俺達を暖かい目で見ていた。
「私は、貴族の女の子なの……当然、こういうこともあるわ。それでも、あなたは私に幸せを選べって言うの?」
「当たり前だ。俺は貴族社会に詳しくない平民だ────だけど、それだけはハッキリと頷けるね」
リンネの声だけが、俺の耳にちゃんと届く。
「……私の選んだ選択は、間違っていたのかしら?」
「断言する、間違っている。お前がどんな選択をしてもいい……だけど、お前が幸せにならないと全ては間違っているよ。自己犠牲は尊いって言うけど、それは間違いだ────誰も、リンネを犠牲にして喜ばない。少なくとも、俺は喜ぶどころか怒ってるからな」
「……手厳しいわね」
「周りを頼らず一人で抱え込もうとしたからだ、後で絶対に説教だからなこんちくしょう」
「えぇ……そうね。今日は、ちゃんと怒られるようにするわ」
リンネは瞳を伏せ、そのまま絢爛と輝く天井を仰いだ。
彼女の姿は白で光が反射し、紅蓮のような赤い髪を目立たせ────女神のように、美しかった。
やがて、リンネは仰ぐのをやめた。顔を下ろし、しっかりと前を見据える。
あぁ、そうだ────答えを、出してくれ。ラブコメがすべからくハッピーエンドになるのだと、俺に証明させてくれ。
「私は────」
リンネは一歩前に踏み込み、ざわめき立つ周囲に向けて高らかに口を開いた。
「この婚約を破棄します! 何故なら、私を縛るものはなくなったのだから!!!」
『『『なッ!?』』』
式場が今日一番の驚愕の色を見せる。
貴族であるリンネ・セレベスタという少女が婚約を破棄したのだ。きっと、ここに来るまでは皆も想像していなかっただろう。
そして、これで疑いはより一層強まるだろう────本当に、リンネを脅していたのではないか、と。
「さて……どういうことかな、エリオット第三王子様?」
それを聞いたレイスさんが第三王子を見つめる。事前に話していたとはいえ、これで俺の予想はほぼ当たっていたということなのだから。
「こ、こんなの茶番だ! これは、この平民
が全て仕組んだ罠だったんだ!」
言い逃れをするように、第三王子はいつもの爽やかな表情から一瞬して焦りに満ちた顔でレイスさんに訴える。
「真偽はどうでもいい。とりあえず、国王陛下にでも話させてもらおう────当然、この婚約の話は知っているんだろう? 今日は何故か来ていないみたいだけどね」
「なァ……ッ!?」
「もし、これがそこの少年が全て仕組んでいたことであれば……王族を侮辱したことになってことは大事だ。国王陛下に話は通さないといけない────さて、仮にこれが茶番でなければ……国王陛下はどういう反応を見せるのだろうかな? 「聞いていない」なんて反応でないことを祈るばかりさ」
「ッ!?」
第三王子の顔がみるみる青くなっていく。
……そこは予想してなかったけど、どうやらここに国王陛下がいないというのは黙って勝手に引き起こした、ということなのか? そこは残念ながらこの場の空気で思ったことではあるんだけども。
「けど、これだけは言っておくよ────」
レイスさんは、皆の注目の中、第三王子に向かって冷徹という言葉が似合うような……そんな声で口にした。
「我が娘を不幸にさせたとなれば……私は徹底的に、君を地に落とそう」
「……クソッ!」
第三王子が地面に崩れ落ちる。
前に見た時は爽やかな笑みを浮かべて常に余裕を見せていたから、もう少し言い訳を並べるかと思っていた。もう、本当にこれ以上は何もできないみたいだ。
それなら────
「じゃ、俺達はここで抜けちゃってもいいですか、レイスさん?」
「あぁ、別に構わないよ。ここからは、私に任せてくれ」
俺はレイスさんにそう言うと、リンネの手を握った。
「というわけで、行くぞリンネ」
「えっ……え?」
そして、そのまま戸惑うリンネを無視して式場出口まで向かう。
もう俺にできることもないし、リンネもここにいる意味もない。荒らすだけ荒らしておさらばとは、ぶっちゃけ無責任な気がするけど……レイスさんが後はどうにかしてくれるって言ってたし、いち市民の元男子高校生にはここまでが限度だろう。
俺は出口に向かう際、すれ違いざま師匠に────
「今日はありがとうございました、師匠」
「いやなに、弟子のお願いは聞くに値するからね」
流石師匠、マジ発言がかっこいいっす。帰ったら、師匠の好物めちゃくちゃ作っておきますからね。
「というわけで、レッツゴーだリンネ!」
「ちょ、本当にどこに行くのよ!?」
俺達は色々とカオスになった式場を後にした。
手に伝わる感触を味わいながら、青々と広がる空を見ていると……。
(……ちゃんと、ラブコメできたなぁ)
ヒロインを助けて、外に連れ出して……これでヒロインが好きになってくれれば、ちゃんとしたラブコメなんだけど────生憎、俺とリンネはそういう関係じゃないし、変態はNGだし、少し目指すラブコメとは違うかもしれない。
(だけど、これでリンネが幸せな道に歩けるなら、それでもいいか……)
そんなことを思った。
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