式を挙げるなら異世界で!式を挙げるなら②

 婚約式はセレベスタの街で行われる。

 ここはソフィアが見習いとして働いている場所で、多くのシスターと神父が所属している。この前の孤児院はお手伝いをしているだけで、実際にはソフィアはこの教会の所属。


 教会の中にある式場。奥には大きな女神、リシュナ様の銅像が置かれており、教壇と二方に置かれた椅子、そして彩り溢れたガラスが神々しさを物語っていた。


『リンネ・セレベスタ様のご入場です』


 そんな場所。女神像に向かって敷かれた赤い絨毯の上を、私はお父様にエスコートされながら歩く。


 片方には公爵家に縁のある関係貴族が腰を下ろし、もう片方には王族に縁のある関係貴族が腰を下ろしていた。そこから、溢れんばかりの拍手が鳴り響く。


 だけど、王族関係者が座る席には……国王様がいない。加え、王妃様の姿も見当たらなかった。


(どういうこと……? 普通は、参加するわよね?)


 頭の中に疑問が浮かび上がる。マジマジと首を向けて見るわけにもいかないので、視線だけでどうにか確認した。


 だけど、周辺にいるのは関係貴族と護衛の騎士達の姿しか見当たらない。


(まさか……これはあいつの独断専行じゃないわよね?)


 一瞬だけ、私の中に光が生まれた。もしかしたらこれは王子の独断で、いつかこの式が取りやめになるのではないかという……希望。


 ……いや、やめましょう。例え独断専行であろうとも、式自体が決行されてしまえばいくらでも言い訳が効く。取り返すことができないから、婚約式は行われるのよ────多分、あいつもそれが分かっているからこんな急スパンで式を開いたんだから、これも所詮淡い期待だ。


 絨毯の上を歩いていると、不意にお父様の手の温もりが消えた。

 どうやら、私はいつの間にかエリオット第三王子様の目の前までやって来ていたようだ。

 私は振り返り、手を離したお父様に向けて一礼をする。その時、一瞬見えたお父様の顔が……妙に笑っているように見えた。


『今日、この日。この国をいずれ担っていくお二方が新たな門出を潜り、大きな困難に見舞われながらも共に歩んでいくと、互いをパートナーとして選ばれました』


 司会者の進行が進む。こういう場では結婚式とは違い、神父の代わりに舞台を進行させる司会者がいる。


 司会者の資格は基本的になく、大体が婚約する二人とは無縁の人が雇われ、当初立てられたスケジュール通りに進め、スムーズな司会進行が求められる。


『では、それぞれに一言いただきましょう────まずは、エリオット第三王子様』


 横にいるエリオット第三王子様が一歩前に進む。


「今日、僕は隣にいる愛する彼女と婚約をする! 王族として、国を支えていく立場の者として、隣にいるリンネ嬢は逞しく、貴族としての矜恃を胸に抱き、どんなことにも真っ直ぐ平等に接する────そんな彼女が隣にいてくれれば、僕はより真っ直ぐと、自分の道を失わずにこの国を支えていけると思った! 故に、僕はリンネ嬢を将来を誓う仲として、この身を懸けて幸せにすると約束しよう!」


 溢れんばかりの拍手と歓声が沸いた。王族の関係者だけでなく、セレベスタ家の関係者までもが懸命に手を叩いている。


(……嘘ばっかり)


 所詮は私の体目当てなくせに。中身なんてちっとも見ていないくせに、よくもまぁ上手に言葉が並べられるものね。


『それでは、リンネ・セレベスタ様────よろしくお願いいたします』


 次は……私ね。エリオット第三王子様と同じように、私も一歩前に踏み出す。

 ドレスを摘み、軽く一礼すると、私は式場にいる全ての人に向けて笑みを向けた。


「今日、私はエリオット第三王子様と婚約いたします。この国を支える貴族として、一人の女の子としても、彼はとても魅力的なお方だと思います。これから、平和という毎日を民が過ごしていくには彼という存在は不可欠です。私は、そんなエリオット第三王子様を支えたいと思い、この場に立ちました────全てを彼に預けます。これからも、見守っていただければ幸いです」


 言い終わると、会場から再び歓声が上がる。涙ぐむ知人貴族を見て、心に罪悪感が湧いてしまう。


(結局は、私もこいつと同じってわけよね……)


 思ってもいないことがペラペラと口から淀みなく溢れてしまう。それもきっと、私の諦めが確たるものとなったからだろう。


 未練があればどこかで詰まる。詰まらないということは未練のない現れ────私は、この場に立ってようやく未練を忘れることができた。


 後は、二人で婚約を正式に宣誓すれば……引き返せる場所から足を踏み出してしまう。


(……ナギト)


 今生の別れというわけではない。でも、これを終えれば私はもうナギトとはあまり話せなくなってしまうだろう。


 お互いに負い目があり、後ろめたいことしかなくて、自然と離れ離れになってしまうに違いない。ソフィアもミラシスも、離れていくのだろうか? もしそうなら────私は、この先の瞬間に色々なものを失うことになってしまう。


 そう考えると……自然と足が震えてしまう。これは未練じゃない────きっと、恐怖だ。今すぐにでも体を抱いて震えを抑えたいのに、周りの視線が私を休ませてはくれない。


(……なぎとぉ)


 怖い、自然とナギトの名前と姿が頭に浮かんでしまう。だけど、ここで踏ん張らないと────これは私が決めた道で選んだ道なのだから。

 私はさり気なく足を抓ると、そのまま皆に同じような笑みを向けた。

 そして────


『それでは、二人が新たな門出を祝うということで────特別に、祝愛の魔女様をお呼びしております!』


「はぁッ!?」


 司会者の言葉に、エリオット第三王子様が驚愕の声を上げる。私も、隣で思わず目を見開いてしまった。


「そんな話は予定にないぞ!?」


『こ、今回はセレベスタ公爵様よりささやかながらサプライズでお呼びさせていただいた、と』


「何ッ!?」


 エリオット第三王子様は慌てて最前列に座るお父様をキッと睨みつける。

 だけど、お父様はそんな目に対しても悠々と笑みを浮かべながら小さな拍手をした。


「サプライズに驚いてもらえて嬉しいよ。せっかくの娘の門出なんだ────それなら、より幸せになってもらえるよう親として祝愛の魔女様を呼ばせてもらった。喜んでくれたら嬉しいね」


「ここは僕がスケジュールをしっかり組んだだろう!? どうして────」


「おや? この場に祝愛の魔女様を呼ぶ────それが何か不都合でもあるのかい?」


「ッ!?」


 幸せを願う。それは、親として至極当然の言葉だ。会場にいる貴族の人達も「おぉ〜」という声を漏らしている。

 だけど────


(どうするのよ、こいつ……)


 横をチラりと見る。そこには、歯ぎしりをして額に汗を流しているエリオット第三王子様の姿があった。

 それもそうだ、祝愛の魔女様の魔法は『愛し合う二人に対する魔法』であって、愛し合わない二人には魔法は効かない。


 その効果が効いたか効いていないかが分かりにくいものであれば問題はなかった────けど、祝愛の魔女様の魔法は『愛し合う二人に光が降り注ぐ』。つまり、明らかに効いたか分かってしまうのだ。


 こいつは分からないけど、私はこいつを愛していない。

 つまり、こんな大っぴらに開いている婚約式で『互いに愛し合っていない』と公言するようなことになってしまう。そうなれば、せっかくさっき口にした前口上が嘘となり────互いに嘘をついたことが露見してしまうのだ。


 このスケジュールとは違う現状────一体、どうするのか? そんな疑問を浮かべていると、ガタンと会場の扉が開かれた。

 現れたのは、黒いマントに三角帽子を被ったマリンブルーの髪を靡かせた少女。


 初めて間近で見る……この人が、ナギトの師匠である『祝愛の魔女』様。

 真っ直ぐにこちらに歩いて来るその姿には迷いがない。貴族と王族がいる場にもかかわらず、臆する様子が何一つ感じられない。


 流石は祝愛の魔女────世間から人気が集まる理由が少しだけ分かったわ。


「それじゃあ、始めようか────ボクは、新しい門出を迎える二人に祝福を与えよう」


 露見の準備が始まろうとしている。

 エリオット第三王子様だけじゃない、私さえこの先の未来に冷や汗が止まらない。

 間違いなく、祝愛の魔女様が魔法を使ってしまえばこの式が荒れてしまう。そうなれば、疑惑の目が一斉に向けられてしまう。


 こいつと婚約するのは心の底から嫌だわ。だけど、せっかく決めた決意が揺らぎそうになってしまうし────これで婚約できなかった場合……あの子がどうなるか分かったものじゃない。


 ────それだけは、ダメだ。どうにかして、私もこの状況を打破しないといけない。


(……どうして、私はこんなに悩まないといけないのよッ!)


 思わず内心で悪態をついてしまう。婚約は望んでいないけど、婚約しないといけない。


 普通に婚約するのなら、祝愛の魔女様に祝福されることはとっても喜ばしいもののはずなのに────どうして私は、こんな思いをしなきゃいけないの? どうして、辛い思いをしないといけないの?


(助けてよ……なぎとぉ!)


 そんな時────


 ドゴォォォォン!!!


 衝撃音が、会場の入口から聞こえた。砂煙が上がり、視線を上げれば扉が盛大に破壊され倒されていた。


 式場全ての視線が入口に注がれる。唖然とする者、驚く者、警戒する者それぞれ反応は違うが、同じなのは視線が集まってしまったこと。


 そして、そこから一つの人影が姿を現した。

 それは────


「どう、して……」


「やり過ぎだ、ミラシスめ……この修繕費、払うお金なんて俺持ってないぞ……?」


 聞き慣れた、私の一番親しい少年の声。


「まぁ、いい────」


 そして、私が今助けを求めた男の子だ。


「ヒロインを助けるラブコメ────それを起こすために、婚約式をぶち壊しに来たぞリンネ!!!」

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