式を挙げるなら異世界で!
時は過ぎてしまった。あれから、私はソフィアとミラシス……ナギトと一度も話すことはなかった。
気まづい……それもあるかもしれないわね。でも、それ以上に三人が私をあからさまに避けてしまっている。
ソフィアとミラシスは私の気持ちに勘づいてしまったのかしら? ナギトは……そうね、あんなに冷たく当たれば見放されても文句は言えないわ。当たり前だもの。
「リンネ様……大変、お綺麗でございます」
着付け手伝ってくれたメイドが無表情のままそう言ってくる。
鏡に映るのは純白のドレスを着た私の姿。純白の色が、私の赤髪をより目立たせ、我ながら人生で一番輝き美しい姿になったと思う。
女の子は一度は憧れる花嫁衣装。今の姿は、正式な花嫁衣装ではなく、婚約衣装と言われるもので……私にはまだ着る機会はないと思っていたのだけれど世の中、分からないものね。憧れていたこの衣装が、こんなにも嬉しく感じないなんて。
(……下着を履くことにも慣れてしまったわ)
それも同時に、自分が自分じゃないみたいで恐ろしく感じてしまう。
ナギトは……このことを聞いてどう思うかしら? お前らしくないって、ちゃんと言ってくれるかしら? それとも、やっとやめたかって褒めてくれるかしら?
……ソフィアもミラシスも、私の今の姿を見せてどう思ってくれるのかしら?
考えてしまうのはあの三人のことばかり。未練が残っている現れだということが嫌でも分かってしまう。
「……ナギト」
心配してくれた彼はここには来ない。ソフィアもミラシスも、招待していないのだからここに来るはずもない。
晴れ姿を一番に見てほしかった────なんて思っていたはずのいない晴れ舞台なんて、大空に飛び出した鳥が虚無のように広がる青空悲しんだ時みたいだわ。
『リンネ嬢、入ってもいいかい?』
そんな時、部屋の扉がノックされる。
「えぇ……」
『じゃあ、失礼するね』
ガチャりと音をたて、扉から白いタキシードに身を包んだ金髪の青年が姿を現した。
「リンネ嬢……素晴らしい。今の君は、ルビーよりも輝いて見える」
開口一番、褒めちぎるエリオット第三王子様。それに合わせて、着付けしてくれたメイドが頭を下げ部屋から出てしまった。
今のこの空間にはこの男と二人きり……激しい嫌悪感が襲う。
「あなたに褒められても嬉しくないわ」
「そう言わないでくれ。これから僕達は将来の伴侶になるんだから」
「嫌な響き……」
ナギトが聞いたら怒られそうだけど、この男から出てくる将来の伴侶という言葉は、本当に耳が痛む。できれば、その実感を味合わさせてほしくない。
「安心して。僕は将来を誓い合った女性にはすごく優しくなれるから。それはこの国の王子として保証するよ」
「脅迫して女の子を襲うあなたに言われても、説得力がないわ」
「今までの女性は将来を誓い合ってないからね。そこはほら、例外というものさ」
「……何が例外よ」
少しはナギトを見習ってほしいものだわ。ナギトは誰彼構わず話しかけるけど、女の子に対しては誰よりも誠実で優しい男の子────こいつとは雲泥の差。
もし、目の前にいる相手がナギトだったらどれだけよかったことか……いや、それはないわね。私達はそういう関係じゃないし、ナギトは絶対に好きな人でなければこの場には立たない。
……私も、そっち側だと思っていたのに、ね。
「さぁ、リンネ嬢」
エリオット第三王子様は急に私の腰に手を回し、顔を思い切り近づける。
少し背を伸ばしてしまえば、そのままキスをしてしまいそうになるぐらい、こいつの顔が近くにある。
「ここで一つ、キスでもしておくかい?」
「……そういうのは、婚約式が終わってからでしょ。私達は、今はそういう関係じゃないわ」
「つれないなぁ〜、式はもう始まるんだし、ここでしておいてもいい気はするけどね────まぁ、そこもリンネ嬢の魅力なのかもしれないね」
そう言うと、エリオット第三王子様は私から離れ、そのまま扉の先へと向かう。
「じゃあ、僕の
そして、ゆっくりとその扉を締めた。乾いた音のみが部屋に響き、空虚感を室内に漂わせた。
「……そう、よね。そろそろ、未練は断ち切りましょう」
こうした空虚な空気が未練を刺激する。だけど、一度決めたことを覆させるわけにはいかない────私は、リンネ・セレベスタ。公爵家の人間として、決めた道は最後まで歩き通す。
私は大きく深呼吸をし、沈んだ気持ちを切り替える。すると、鏡に映った私の顔が、いつの間にかいつもの表情に戻っていた。
『……リンネ、入ってもいいかい?』
入れ違うように聞こえたのは、毎日のように聞いているような声だった。
「大丈夫よ、お父様」
すると、再びドアが開く音が聞こえ、黒いタキシードに身を包んだお父様が現れた。
「……綺麗だよ、リンネ。亡き妻に見せてやりたかった」
お父様は、そんな言葉を複雑そうな顔で呟いた。私に気を遣ってくれたのかもしれないわね……何となく、私の心情を察していそうだわ。
「だったら、もう少し嬉しそうな顔をしてほしいものね。でも、ありがとう……お父様」
「いや、すまない……こんな顔で娘を送り出すのは、流石に失礼だったね」
「気にしてないわよ……お父様が来たってことは、もうそんな時間なのね」
「あぁ……だからリンネ────行こうか」
「……えぇ」
私は、背を向けたお父様の後ろをついて行く。
これは結婚式ではなく婚約式だ。結婚式みたいに大仰にするわけではないけど、入場はお父様と一緒に向かう。
そして、婚約者待つ場所で辿り着き、皆の前で互いの婚約をそれぞれの口で言う。だから、そんなに時間がかかるわけじゃなくてすぐに終わる。でも、どうしても貴族ではこうした婚約式を経て婚約をしないといけない格式がある。
だから私は、こうしてお父様と一緒に会場に向かっているの。気持ちは……そうね、断頭台に向かうような気さえ起こってしまいそう。
だけど────
「ねぇ、リンネ……君は、本当にこれでいいのかい?」
「私は、この道を進むと決めたわ────そこに、後悔はないの」
「……そうか」
私は、この道を歩く。決して幸せではないと分かっていても、これが私が出した結論で、清算方法なのだから。
「(……我ながら、真っ直ぐで難儀な子を持ったよ)」
そんな呟きと不安の入り交じったお父様の表情が、私の足を重くさせた。
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