エピローグ:殺人既遂

 二年前の殺人事件をまさか今になって暴かれるとは思っていなかったらしい。神崎夫婦は揃って明後日の方を向いて座り込んでいた。そんな二人に槇が近づいて無理矢理に何度も肩を揺さぶる。


「放心してる場合じゃないですよ」

 追い詰めたのは誰だよ。


「……捕まる前に、たそがれる時間くらいくれよ」

 もっともである。そしてその言葉は俺にも刺さるわけで、気がグッと重くなった。

「捕まりませんよ。何言ってるんですか?」

「……はい?」


「皆さんを捕まえる気があるのなら、僕はわざわざ謎解きなんてしませんよ。最初に言ったでしょう、僕は探偵じゃないと。意味もないのに人前で謎解きをおっぱじめるような狂人ではありません」

 いや、あんた自身は紛れもない狂人だろ。


「僕が全員の前で謎解きをした理由、それは全員が犯人であることを全員が知ることで、全員で協力して殺人の証拠を隠すためです。最初は館に火でも放って証拠を全部灰にしちゃう予定だったのですが、それだと僕に不都合がありますから」


 とんでもない策略に巻き込まれかけていたものである。狭い無人島に大きく建てられた館に火をつけられては、いったいどこに逃げようというのか。巻き込まれるか逃げ遅れるかして、こんがり焼き上がるのは目に見えている。


「いや、館に火をつけるという案は即却下ですよ。確かに証拠は消えるでしょうけど、それだと八木さんと奥さんの、どちらが先に死んだかがわからなくなっちゃいますからね。万一、奥さんが先に死んだと誤診されてしまうと、僕には遺産が一銭も入ってこなくなってしまうので」

 それでも検討するだけ狂人だと、俺は言いかけてやめた。


「だから地道に、八木さんが二年前に奥さんを殺して埋め、今回は僕たちを集めて自殺したという方向にもっていかねばならなかったんですよ。しかし、誰にも気づかれずに証拠をコツコツ隠滅するのは不可能に近い。だから全員に協力を仰ぐ必要があるわけで、その手段が謎解きだったというわけです」

「じゃあ、俺が槇さんを襲おうとしたことだけじゃなくて、八木社長を殺したことも黙っていてくれるってことですか?」


「あれ? 小谷さん、それ人前で言って良いんですか?」

「あ」

 大失言に思わず口を覆う俺を見て、槇は苦笑して煙草にまた火をつけた。事情を知らない神崎夫妻と宇佐美さんの視線が痛い。


「まあいいや。謎はすべて明らかになりましたし、小谷さんが僕を殺そうとしたことなんて些細なことです」

 もしかして槇という男、襲われたことを根に持っているのだろうか。何それ、と話を深堀りしようとした宇佐美さんの口元を、俺は冷や汗をかきつつ慌てて押さえにいく。


「まずは八木さんを自殺に見せかけるところからです」

「ナイフで二か所刺してるんだろ? 自殺に見せかけられるのか?」

 健さんは槇の案に乗り気なようだった。先ほどの対立は何だったのか。


「可能だと思いますよ。僕の予定では自殺に見せかける予定だったので、ちゃんと仕込みは入れてあります。とにかく、八木さんの死体を解剖させずに済むかどうかが勝負です。解剖させたら、宇佐美さんが毒を飲ませたことがバレてしまいますから」


「いえ、解剖されても大丈夫かもしれません。元々、このトリックは旦那様が山菜などを採集された際に紛れ込んでいたものを見て思いついたんです。自分が取ってきたキノコを食べたのだと警察に言えば、解剖されたとしても誤魔化せると思います」

 槇の話に神崎夫妻と宇佐美さんが加わり、随分盛り上がっている。俺はうまく話に乗れず、ただ話を聞いて頷くばかりだった。


「小谷さん? 行きますよ」

 気づけば全員が部屋から出ようとしていて、俺は真ん中に取り残されていた。槇はもちろんのこと、神崎夫妻、そして宇佐美さんでさえも不思議そうにこちらを見ている。


 槇を除いてはいずれも、殺人が発覚するのを恐れ、一方で罰を受けるのを覚悟していた人間たちだ。それが今は、嬉々として証拠を隠滅しようとしている。揃いも揃って槇のようにネジの外れてしまった彼らの側に、俺も一緒に立つかどうかを迫られていた。


「……行きます」

 俺は小走りで集団に加わった。全員が犯人で、全員が証拠を隠滅している奇特な状況だった。槇が細かく指示を出し、全員が丁寧に証拠を隠滅してゆく。この島に来てから、殺意と緊張と不穏でひりついていた空気が緩み、笑顔もちらほら見られるようになった。


 全員が犯人で良かった。心からそう思った。世の中にはどうやら、全員が犯人だという状況で生まれる絆もあるらしい。


「どうですか小谷さん。僕を殺さなくて良かったでしょ?」

 証拠を隠滅も一段落し、奥さんの部屋に戻って休憩中の槇が、ニヤリとして俺に耳打ちする。その隣では宇佐美さんが粛々とお茶を注いでくれている。


「はい。あの、ありがとうございました」

「いえいえ、僕は単に殺されたくなかっただけです。せっかく八木さんを殺して遺産ゲットでほくほくだと思ったら、自分も八木さんの隣で火葬なんて笑えないでしょ」

 やはりどこか倫理観に欠けている男だ。八木の血を確かに引いている。


「殺人計画は綿密に立てましょうね。さもないと、僕にバレますよ」

 槇は快活に笑い、ライターで煙草に火をつけた。

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全員犯人殺人事件 本庄 照 @honjoh

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