第4話 本番
練習できる時間も無くなり、僕らのクラスは会場へ向かうバスに乗り込んだ。
僕はたまたま恵子の横に座ることとなった。
横目で恵子を見ると、震えた手でひたすら楽譜を読みこんでいた。
僕は、裏合唱リーダーとしてなんとか恵子を励まそうとしたが、声を掛けることが出来なかった。
バスが会場につき、僕らのクラスは出番を待った。
ステージに上がる前の控え場で前川はクラスメイト全員の前で言った。
「みんな今まで練習してきたから大丈夫だ!恵子も伴奏を引き受けてくれてありがとう!頑張ってな!」
そして、緊張で今にも胸が張り裂けそうになった僕らはステージへ上がった。
合唱前に指揮者と伴奏者の名前がアナウンスされる流れになっている。
「次は二年七組の合唱です。指揮者は杏奈さん。伴奏者は恵子さんです。
恵子さんは本日欠席の彩香さんの代役で伴奏を行います。」
アナウンスの声が静かに会場に響いた。
指揮者の指揮に合わせ、壮大な伴奏が響き渡った。それに合わせて僕らは精一杯の力で歌った。
一番のサビに差し掛かろうとした時、恵子の伴奏が止まってしまった。
会場が騒ついたが、僕らのクラスはやけに落ち着いていた。
止まっていた伴奏が再開すると、僕らは合わせて精一杯歌った。
少しすると、また伴奏が止まってしまった。
伴奏が止まりながらも、僕ら七組は最後まで歌を歌い終えた。
合唱が終了した後、指揮者と伴奏者は客席に向かって一礼する流れとなっている。
ピアノの椅子から立ち上がった恵子は客席を向き、深々とお辞儀をした。
僕は恵子がピアノから客席に体の向きを変えるとき、恵子の表情が少し見えた、正確に言うと見えてしまった。
恵子”も”泣いていた
恵子が一礼をすると、会場が涙と拍手に包まれた。
出番を終えた僕らはクラスは会場の外に出た。
外は焼けつくような夕日が上っていた。
夕日に照らされながら前川は言った。
「恵子!ありがとうな。最後までやり遂げてくれて。みんなもありがとう、私の教師人生で最高の合唱になったよ!
クラスは変わるが、この経験を活かして来年の合唱コンクールも頑張ってくれ!」
恵子はまた泣いてしまった。
僕は完璧や、完成度が高いモノに人は感動し、心を打たれるものだと思っていた。
しかし、どうやらそれだけが人の心を感動させる要因ではなかったみたいだ。
”人が一生懸命に壁に立ち向かう姿”、”それをサポートする周りの人たちの温かさ”
そう言ったモノも人の心を動かすことは出来る。
そう気が付かせてくれた恵子に僕は心の中で”ありがとう”と呟いた。
僕は学校から帰ると、1人で家の近くの海に行った。
僕は親の転勤で八月中旬に引っ越し、親の手伝いをするために学校を辞めることになっていた。前川は知っていただろうが、自分からクラスメイトには言えなかった。
海を見つめながら僕は思った。
成長してまたこの海に来よう。”君(過去の僕)とみた海”を忘れないために。
これが僕の人生最後の合唱コンクールとなった。
最後の合唱コンクール よう @tennis_kick
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