第24話「帰還」



「なにしてんの?」


「全く同じ言葉をお前に返すわ」


 無事元の海岸に戻ったアクアとガイヤ。


 しかし、そこに待っていたのは潜る前には想像もできなかった、惨劇の後だった。


 高熱により砂浜は天然ガラスに変わり、いたるところに爆破の跡や焦げ跡、そして何より、自分たちが乗ってきたアルミニウムの籠が跡形もなく、吹き飛んでいた。


 だが、これは砂浜に残ったフレイとシルフにとっても同じこと。


 なにせ、やっと海から戻ってきたと思ったら、ガイヤの脚と腕が無くなっていたのだ。


 もう、何から質問して良いのか、お互いさっぱり分からない状態である。


「とりあえず、ガイヤの腕と足を直そう」


「そうだね」


「まぁ、それが先だろうな……。」


 フレイに言われて、土を除く、風、水、火は動き出す。


 まずは、機動力の高いシルフが手ごろな岩を探し出す。


「これぐらいの大きさでいいか?」


「重くない?」


「贅沢言うな」 


 それを、アクアとフレイで加工する


「ちゃんと、両足、両腕の長さ揃えてね」


「えー、難しいよ。」 


「これぐらいでいいかな?」


「指は適当でいい?」


「あとで、先生にちゃんと看てもらってね」


 それを、ガイヤの腕と脚にくっつける


「氷よりはマシか?でも、変な感じ」


「あくまで、その辺の岩だからな。帰ったら、ちゃんと直してもらえ」


 土人属ガイヤの身体を作る要素は『土』


 だが、植物も動物もいない世界で『土』というのは、中々に貴重品である。


 個体を管轄する土人属ゆえに、一応適当な鉱物、鉱石で代用は可能だが、代用はあくまでも代用品。


 教会にある『土』でなければ、ガイヤの身体を完全に直すことは不可能だ。


 もっともそれは、火人属であるフレイにも、水人属であるアクアにも言える話ではあるのだが。

「面倒な種族だな」


「うるさいよ。良いよね、風人属は風さえあれば、いつでもフルパワーなんだから」


 それこそが、風人属の最大の利点であり、第三世代フェアリーの中で、唯一教会への帰還を成し遂げた理由でもある。


「パワーがない分、それぐらいはあっても良いだろう?」


「はいはい。んじゃ、シルフお願いね。」


 籠を失った以上、もう4人揃っての帰還は不可能である。


 ではどうするか?


 簡単だ。助けを呼べばいい。


 誰かが一足先に教会に戻り、先輩たちに助けを求める。


 そうすれば、すぐにでも救助が来てくれるはずだ。


 そして、それができるのは、この中では風人属のシルフしかいない。


「怒られそう」


「だろうね……」


 帰った後のことを想像して四人の顔が曇る。


 だからと言って、いつまでもこうしているわけにもいかない。


 ガイヤだけの問題ではない。


 フレイもアクアも、シルフすらも、だいぶ消耗している。


 一刻も早く教会に戻り回復しなければ、このまま消滅するのがオチだ。


「はぁ、しょうがない。それじゃあシルフィード行くぞ」


『ピー!』


 シルフィードがシルフの腕に収まる。


 そして、そのままはるか上空へと消えていくシルフ。


 フレイの協力があったとはいえ、籠を抱えた状態でここまで来るのに、1時間半。


 彼一人なら1時間で戻ることが可能だろう。


 先輩たちの力ならここまで来るのに30分程度だろうか?


 多めに見積もって、2時間もすれば、救助は来てくれるはずだ。


「はぁ~疲れた」


 応急処置とはいえ、やっと戻った手足を広げて、ガイヤは天然ガラスとなった元・砂浜の上に寝転がる。


「大冒険だったね」


 その横に、ちょこんと座り笑顔を向けるフレイ


「海に潜って、戻ってきただけなんだけどね。あ、そうだアクア。あれ」


「そうだった。忘れるところだった。」


 言われて、アクアは海からの戦利品をフレイに差し出す。


「これは?卵??」


「うん。たぶん、フレイのだと思うんだけど……」


 アクアにもガイヤにもこの卵から声が聞こえなかった。


 だとしたら、これはフレイ……『火竜』の卵というのが、一番可能性が高い


「…………」


 卵をじっと見つめたまま、動かないフレイ



「どうしたの?」


「私の……だと思う。でも、私は……」


 フレイはイノチを触れない。


 だから、これが自分の卵だとわかったところで、触れることができない。


 固まるフレイ。それを見つめるアクアとガイヤ。


「卵ってさ、温めないといけないものらしいんだよ。」


 ふいに、ガイヤが本で得た知識の披露を始める。


「え?温める?」


「そう。私もアクアも、卵を温めることはできない。それができるのは、火人属のフレイだけなんだよ」


 炎の役割は、相手を燃やし破壊することだけではない。


 極寒の世界で暖を生み、漆黒の闇の中で光を照らす。


 それも、また炎の力なのだ。


「…………………」


 恐る恐る、フレイは卵に手を伸ばす。


 そして気が付く、卵からの声。


「ダメ、これだと熱すぎる」


 フレイは意識を集中して、体温をどんどん下げる。


 炎の温度は、燃えるものにもよるが、平均的には約1000℃、当然これでは熱すぎる。


 500℃.まだ熱い、100℃.ダメだ。


 40℃……38℃……。


「これで……いいの?」


 ガイヤとアクアには何も聞こえない。


 だが、フレイの耳には、何かが届いたようだ。


 ゆっくりと卵に触れる。


 卵は燃えない。


 イノチが消える形跡もない。


「……………そう。うん、大丈夫、大丈夫だよ」


 フレイは卵をゆっくり抱きしめる。


 そして温かい、本当に温かい、10年近く一緒にいた、ガイヤやアクアですら見たことのない、美しい笑顔を卵に対して浮かべるフレイ。


「………」


 しかし、その瞳に浮かんでくるのは、大きな涙。


「フレイどうしたの?」


 慌ててアクアが聞いてくるが。


「うれしいの。イノチに触れた。この子が、私の事『温かい』って……。今まで一度も言われたことなかった。」


 破壊の象徴である『火』


 だが、別の一面もある。


 それは、『明るくて暖かい』


 破壊だけではない。きちんと火はイノチを育むために、必要な力なのだと、アクアとガイヤはこの時、確信したのだった。


「良かったねフレイ」


 その笑顔がうれしくて、ガイヤも思わず笑顔になる。


 手足を失った代償も、これでチャラだ。


「これで、シルフに続いてフレイもかー。ボクも欲しいな。」


「私が先ね、もう目星がついてるし」


「チェー」


 口をとがらせて、心底つまらなそうな顔を見せるアクア。


 シルフ、フレイの竜は手元に来た。


 ガイヤの竜『土竜』も大体、目星はついている。


 しかし、アクアの竜『水竜』だけは、まだ影も形も見えてこない。


 焦る必要はない。


 なにせ、まだこの竜を育てるだけの環境が出来てないのだから。


「あ、そういえば、この子の名前は?」


 アクアの質問


「これから考える。でも今はまだ、この子のぬくもりを感じていたい。」


 フレイは、それからずっと、卵から視線を動かさなかった。


 その姿は、我が子を命がけで守る母鳥に重なってガイヤは見えた。


「お母さん……か……」


「え?なに?『お母さん』って??」


 精霊たちに親はいない。


 母親も父親も彼らにはいない。


「イノチを産んで、守るヒトの事らしいよ。世界で一番強い生き物なんだって」


 本で読んだ知識。


「イノチ守るヒト……世界で一番強いヒト……。」


 でも、フレイはそれがとても気に入ったらしい。


「うん、決めた。私『お母さん』になる。この子も、シルフィードも守る。世界で一番強いヒトになる」


「私たちは“ヒト”じゃないけどね」


 ガイヤは笑った。ガイヤが笑ったのでフレイも笑った。


 アクアだけが、ちょっとだけ意味が分からないと首をかしげていた。


「いや、だってフレイは強いじゃん……何をいまさら??」


 そんな会話をしているうちに、先輩たちが上空から姿を現す。


 ガイヤの姿を見て、卵を抱えているフレイを見て、驚いた表情を見せたのは、言うまでもない。


 その後、無事に戻った4人に待っていたのは、師匠をはじめ、先生、先輩たちからの長い長いお説教だったのも、一つの余談である。


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見習い精霊たちの世界創世記 @ravosP

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