第23話「ガイヤの最後」

 

 身体が崩れるのを感じる。


 自分が、消えていくのを感じる。


「ガイヤ?……ガイヤ!?」


 アクアが崩れていくガイヤを支える。


「ガァァアアァアガァァアア!!!」


 ガイヤの崩壊は止まらない。


 足がボロボロと崩れる。


 黒曜石に変えた両腕も土に戻り、崩れて落ちていく。


 土の精霊が、その姿をただの土へと返る……はずだった。


「はぁ……はぁ……。え?なに??」


 しかし、右脚、両腕。そして、左のひざ下が崩壊した時点で、ガイヤはその一命をとりとめる。


「…………」


 耳ではない、頭に響く声。


 洞窟の中じゃない。外から聞こえる。


 ガイヤは上を見上げる。


 この上は、新たな地上。そこに何かがある。何かがいる。


 シルフだけがシルフィードの声が聞こえると言っていた。


 嘘だとは思わなかったが、なるほどこういうことなのか……と、ガイヤはこの時、初めて納得した。


「ガイヤ、大丈夫?ごめん……ごめんなさい、ボク……ボク……。」


 ガイヤは地面に横たわりながら、アクアに目を向ける。


 大粒の涙を流し、ガイヤに寄り添うアクア。


「大丈夫……大丈夫だよ。」


 何とか立とうとするが、脚がないので無理だと気付く。


「ごめんアクア。身体半分分けてくれない?」


「うん。」


 アクアの腕が氷に変わる。


 それを足の形に整えると、ガイヤの崩れた足にくっつける。


 幸い、アクアのエネルギーは、まだ十分。


 ガイヤに分け与えた腕は、新たに生えてくる。


 続いて腕。


 あっという間に、手足が氷でできた土の精霊の出来上がりである。


「もって、30分。まぁ、寒い洞窟の中を移動するなら問題ないか。」


 氷は個体であり、鉱物だからこそ出来る力技。


 あくまでも応急処置である。


 もっとも、溶けて水になってしまえば、それまでだが。


「ごめん、ガイヤ……ボクがこれを……」


 涙ぐむアクアの前に広がるのは、戦いの……いや、アクアの暴走による惨状。


 彼の持つ力の恐ろしさをまじまじと見せつけるように、そこには何も残ってない。


 イノチどころか、その痕跡すらも……。


「私に謝っても、仕方ないよ。」


 ガイヤに罪を犯したアクアを許す権利はないし、逆に責める権利もない。


 だから、事実だけを見つめるしかない。


 確かに、ここにイノチはあった。そして、それを自らの手で滅ぼしてしまったのだ。


 繊細だと聞いていたのに、簡単に失くしてしまうと知っていたのに、力の加減を間違えて、このざまである。


 反省したところで、失ったイノチは戻ってくることはない。


「少し、奥に行ってみよう。まだ、何か残ってるかもしれない」


「うん」


 ガイヤは氷になった足を引きずるように歩く。


 やたら滑って歩きにくいので、途中からアクアに肩を借りた。


 アクアは精神的に、そしてガイヤは肉体的に満身創痍だった。


 本来ならば引き返すのが、正しい判断だろう。


 それでも、このまま終わったら後悔しか残らない。


 それだけは、嫌だった。


 何でもいい、何かどんなに小さなことでもいいから、成果が欲しい。


 そんな二人の願いにこたえるように、それは洞窟の奥で待っていくれた。


 白くて丸くて、真っ赤なまだら模様が付いた宝石。


「卵……?」


 コケが生えていた部屋の奥。まるで、何かに守られるように、この洞窟自体がこのために作られたように、その卵は大切に岩の上に転がっていた。


「シルフィードの仲間かな?」


「たぶん……。」


 憶測でしかない。確信もない。


 だが、なんとなく二人はこれに呼ばれて、ここまで来たのだと理解した。


「持ち帰らなくちゃね。アクア、お願い」


「ボクが?無理だよ。」


 冗談でしょ?と言わんばかりのアクアの表情。


 彼の脳裏には、先ほどの映像がよぎる。


 力の加減を間違え、数多くのイノチを奪い去った腕。


「私のこの手じゃ、モノを持つなんて無理だよ。アクアじゃないと」


 応急処置によって、氷でできたガイヤの手。


 冷たいこともさることながら、自由に動かすことすらままならない。


 そもそも氷は鉱物とはいえ、ガイヤの管轄外の個体。


 今は応急処置で、無理やりくっつけてるだけに過ぎない。


 この場で自由に手足が使えるのはアクアだけだ。


「………………………わかったよ」


 長考の末の答え。アクアは、震える手で卵に手を伸ばす。


 自らの手でイノチを奪い去った、その罪悪感はすぐには消えない。


 また一歩間違えば目の前の卵をつぶしてしまうのではないか?


 そんな恐怖がアクアの頭によぎる。


 震える右手を左手で無理やり押さえつけて、慎重に、丁寧に卵をその手に包み込む。


「……………ボクのじゃない」


 シルフは卵を見た瞬間、自分の竜だとすぐにわかった。


 その法則から行くと、この卵も持ち主の前にまで持っていけば、誰のものか分かるはず


「私のでもないね」


 それもそうかと、ガイヤは上を見る。


 ガイヤの卵は、この洞窟の上空。まだ見ぬ、新たな大地の上にいる。


「ってことは、フレイの卵?」


「だね。『火竜』ってやつかな?」


 どちらにしても、本人の前にもっていかねば、結論は出ない。


「……戻ろうか?」


 これで十分な成果と言えるだろう。


「うん」


 ガイヤとアクアは洞窟を後にする。


 海水で氷は溶けて、ガイヤは再び足と腕を失う。


 それでも、アクアに引っ張られる形で、二人は無事に元の場所に出ることができた。


 海の中、アクアに運ばれながら、ガイヤはじっと洞窟があった方向を見つめていた。


 あの時、自分を助けてくれた謎の声。


(会いに行かないとね)


 ガイヤは、新たな目的を胸に、洞窟を去るのだった。



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