第22話「水の戦い」


「大事なイノチだぞ!!どうして、奪うんだ!!」


 水に変わったアクアの右腕が飛ぶ。


 ただの水なら、鉄には何の影響もない。


 しかし、アクアの水を浴びたヒューマノイドは、その部分だけ、プシューという音を立てて、みるみる溶けだす。


 硫酸……そんな言葉すら生ぬるい。ありとあらゆるものを溶かしつくす、強酸の水。


「アクア!落ち付いて!!」


 ガイヤの右手がアクアの肩に触れる。


「!?」


 瞬間、ヒューマノイド同様、プシューという音を立てて溶けだすガイヤの右手。


 塩酸、フッ酸、王水。


 土の精霊でも、思いつく酸性水はいくつかあるが、アクアは一体何に姿を変えたのか?


 それは、おそらく本人ですら分かってないだろう。


 もしかしたら人類がその長い化学の歴史の中で、発見することが出来なかった、謎の液体である可能性すらある。


 水を自在に扱うとは、そういうことなのだ。


 本人ですら一歩間違えば、制御不能。対処不可能。それが、水人属の戦い方である……。


「ガイヤは離れてなよ……。邪魔だからさ……。」


 いつもの彼からは想像もできないほどに、低く怒気のこもった声。


 甘えん坊で飄々としつつ、常に周囲をよく見て、他人への配慮を忘れない優しいアクアの面影はどこにもない。


「ダメだよ!そんな状態で戦ったら、周りにも被害が出ちゃう!!残った虫たちやコケまでダメになるよ!!」


「うるさい!!」


 ガイヤの忠告はアクアの耳には届かない。


 海中を漂ってきただけあって、エネルギーの補充は十分。


「アクア!!」


 ヒューマノイドは抵抗できない。


 それでも、どこかに隙があるかもしれないと、二体は左右に分かれて、襲い掛かる。


「逃げるなよ……イノチを奪った代償を払うんだよ!!」


 アクアは強力な酸性水を、洞窟全体にまき散らす。


 そもそも金属は、酸との親和性が高い。


 鉄なんて、わずかな酸でも簡単に溶けてしまうほどだ。


 どう考えても、アクアのこの仕打ちは、オーバーキルである。


 コケに酸性水がかかって、溶ける。


 上空へと逃げたわずかな虫も、アクアの強烈な酸性水にやられて、その短い生涯に幕を閉じる。


 地獄絵図。一方的な殺戮。それでも、アクアは止まらない。


 なぜなら、3メートルという、無駄に大きいヒューマノイドは、身体の半分が溶けて、なお健在であるからだ。


「あぁ、くそ!!」


 ガイヤは頭をかきむしる。


 頭が混乱しすぎて、整理ができない。


 ヒューマノイドを倒すことは大事かもしれないが、このままアクアを放っておくことの方が危険だ。


「『limestone』!!」


 石灰岩。


 もはや、何の気休めにもならないが、一応アルカリ性の鉱石である。


「落ち着いて!アクア!!」


 自らの身体を石灰岩に変えて、酸性水と変化したアクアに抱き着く。


 プシューという音がして、ガイヤの身体が溶けだす。


「うぐっ!!」


 痛みを感じることはない……とはいえ、身体が溶けて、苦しくないわけがない


 それでも、この状況のアクアを止められるのは、ガイヤしかいない。


「邪魔をするな!ガイヤ!」


「いい加減にして!!アクア!!」 


「ガイヤも見ただろう!こいつらがイノチを奪うのを!!大事なイノチを、大切なイノチをこいつらが!!」


「アクアの方が奪ってる!!アクアの方が、より多くのイノチを亡くしてる!!」


 比較論の話でないことはよくわかる。


 だが、どんな形でもいい。なんでもいい。


 まずはバーサーカーとなったアクアに冷静になってもらわなければ、この殺戮は止まらない。


「……え?」


 ガイヤの声が耳に届いたのか。それとも石灰岩が溶けて酸性水が中和されたのか、理由は分からない。


 だが、ガイヤの叫びにアクアの動きが止まる。


「ボクの方が……奪ってる?」


 アクアは冷静に周りを見渡す。


 彼の目に映るのは、溶けてドロドロになったコケや、イノチを失うどころか、原型すら分からなくなるほどに溶けて、地面に落ちた虫たち。


「周りをよく見て!コケも、虫も、みんな溶けた!みんなアクアのせいで、イノチをなくしちゃった!!」


 ガイヤの言葉がとどめ。


 アクアは膝から崩れ落ちる。


「ボクが……やったの?」


 目が泳ぐ。身体が震えだす。


 やってはいけないことをしてしまった。


 そんな罪悪感が、アクアを襲う。


 その隙を見逃さない、ヒューマノイド。


 左右から一斉に襲い掛かる。


「あぁ、もう!!こんな時ぐらい、しっぽ巻いて逃げなよ!!」


 ガイヤは、アクアから離れて、ヒューマノイドの前に立ちはだかる


「『obsidian』!!!」


 いくら、二体もいるからと言って、身体が半分も溶けて中まで錆びてしまったヒューマノイドなんて、ガイヤの敵ではない。


 先日の先輩に習い、両腕を黒曜石へと変えて、一刀両断。


 一瞬で二体のヒューマノイドを霧散させる。


「はぁ、はぁ……。」


 相手が半身溶けてる状態だから、良かったものの、ガイヤも万全の状態というわけではない。


 不慣れな海中での移動。アクアの暴走の鎮圧。


 そして、わずかであるとはいえ、身体が溶かされた状態でのヒューマノイドとの戦闘。


 その結果……


「あ……グァ……ガァァァアアアア!!!」


 限界が来た。


 ガイヤが精霊としていられる、エネルギーが……尽きたのだ。


 

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