第21話「多くの命を奪うモノ」
それは一瞬だった。
コケを中心に行われていた虫たちの競演。
その中の一匹が真っ黒に変色したかと思ったら、ボロボロになって朽ちて落ちていったのだ。
「!?」
二人が気が付いたときには、すでに遅し。
周りを霧で囲まれていた。
「アクア!!」
「……………」
ガイヤが叫ぶ。
洞窟内という狭い空間で戦うなら、土人属であるガイヤの方が、向いている。
とはいえ、相手の素材次第では、アクアが前線に出た方が良い場合もある。
地上に残った風と火のコンビと違って、こちらは両方とも前線向きの能力である。
相手を見極めてから、どちらか片方が戦うのか、もしくは協力して戦うのかを決めた方が良い。
「アクア!何しているの!?」
しかし、そんなガイヤの思惑を無視してアクアは朽ちた虫の方向へと向かう。
最初の一匹だけではない。一匹、また一匹と、霧に侵された虫たちは、そのイノチを散らし消していく。
残ったのは、危険を察知して、上空へと飛び立ったわずか数匹。
だが、そこにも霧の魔の手が伸びる。
「いい加減にしろ!!!」
アクアが吠えた。
霧に向かって、ジェット水流をぶつける。
意味はない。だが、怒り狂ったアクアにそこまでの思慮はない。
「大事なイノチだぞ!!ここにしかないんだぞ!!何をしてる!何をしてるんだ!!!」
アクアの叫びに呼応するように、霧が徐々に晴れる
「……どういうこと?」
ガイヤはその様子を、持ち前の頭で分析する。
今まで、霧はヒューマノイドの出現場所を目くらますための、一種の予告状的な扱いだと思っていた
しかし、霧に触れた虫が朽ち果て、壁に張り付いているコケは無事ということから、霧は任意のイノチを奪い去る力があるという事が分かる。
そして、アクアの叫びに呼応して霧が消えていったのは、アクアに恐れをなしたというよりは、時間切れ……という印象をガイヤはうけた。
つまり、霧は一時的に発生させることしかできない。
明らかに感じる、何者かの意思。
そしてそれは、確実にイノチ……いや、イノチを作る役割を担った、自分たちを狙っている。
「どうしてここが分かったのか?それも考えなくちゃいけないんだ」
そこまで口にして、大事なイノチが目の前でやられたはずなのに、こんなに冷静に物事を判断する自分に、ガイヤは軽い嫌気がさした。
「イノチ ヲ ヨコセ……」
洞窟の奥から奇声が、二人の耳に届く。
顔を向けると、そこにいたのは、全身灰色をしたメタリック調の、巨大なヒューマノイド。
ガイヤとアクアは知らなくても仕方ないが、地上でフレイとシルフが戦ったヒューマノイドと全く同じ型である。
ただ、フレイ達が戦ったのは、全長6メートル弱という巨大ヒューマノイド一体だったのに対し、ガイヤたちの前に現れたのは、3メートル弱のあえて言うなら中型のヒューマノイド2体。
「……鉄かな?」
上にいた二人はその属性から、最後まで敵の素材は分からず、あくまで予想するしかなかったが、こちらには土属性のガイヤがいる。
彼女の目をもってすれば、前回の『ゴム』のような、もうこの世界には存在しない特殊な素材でない限り、見分ける事などごく簡単なことである。
「シルフ向きの敵だな……」
ガイヤは相手を睨んで戦術を練る。
相手が鉄なら、シルフの力で簡単に倒すことが可能だ。
それこそ鉄は酸素に弱い。
時間こそそれなりにかかるが、鉄と酸素を結合させて、酸化させてしまえば被害を広げることなく、穏便にヒューマノイドだけを消すことができる。
まさかフレイの力を使って、わざわざ溶かして戦ったり、ましてや一面火の海にして、ガスなどを駆使して爆発させて戦うと言った、環境にもシルフィードにも危険が及ぶような戦術はとるまい。
「アクア。とりあえず逃げるよ!海で戦おう。鉄は海水に弱い」
ガイヤではない。残念ながら今回のヒューマノイドは、アクア向きの敵である。
とはいえ、アクアの戦い方は狭い場所では不向きだ。
広い海中に誘い込む必要がある。
しかし……
「お前か?」
アクアは二体のヒューマノイドを睨みつける。
その目は冷静さを欠いている。
まずい!
ガイヤは本能的にそれを感じたが、反応が遅れた。
「お前がやったのか!!」
アクアの右腕が水に変わる。
水人属、アクアの属性は『水』
その管轄はすべての『液体』
とはいえ、原子という単位で見ると、アクアとシルフの使える物にそれほど違いはない。
物によっては、ガイヤともいうほど差はない。
なにせ、水の中には水素も酸素も含まれる。
それを『液体』として使うか『気体』として使うか、はたまた『個体』として使うかの違いでしかないのだ。
しかし、H₂O、『水』だけは、水人属にのみ超越権限、気体である水蒸気、個体である氷としての扱いが許されている。
つまり、あらゆる気体を管轄するシルフも、水蒸気だけは扱えず、あらゆる個体を管轄するガイヤも、氷だけは管轄外である。
それが水人属を、火人属に次ぐ破滅的な攻撃力をもつ精霊にしていた。
なにせ、生命の歴史の中で、最も多くの命を奪ったものは、火ではない。
……水である。
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