にゃーんと鳴くマンドリルの話

虚無虚無ぷりん

第1話

 動物園の折の中、本当だったら熱帯雨林の大自然で伸び伸びと生活をしたいだろうに、彼は動物園の折の中にいる。

 二つの折に分かれて同じ種類の猿が三匹。

 プレートには「和名:マンドリル」とあって、それから種目とか学名とかそういう難しいことがたくさん書かれていた。

 一つの檻のものは、一匹はメスのマンドリルで、名前をトモカと言った。もう一匹はオスで名前をシンスケと言った。二匹とも何の変哲もないただのマンドリルだった。ただ、もう一匹、もう一個の檻にいれられたのはただのマンドリルではないマンドリルがいた。ただのマンドリルでない、という表現がまずどうなのかと言う問題はさておいても、このマンドリル明らかに他の二匹と様相が違っている。

 オスのナミヘイと言うマンドリル。

 何が他の二匹と違うのか。

 ナミヘイの顔は普通のオスのマンドリルと同じように、色鮮やかな文様が描かれている。おそらく毛の中に隠れている身体はスレンダーなのだろうけれども、手首や足首は結構太くて、きっと人間である私たちは力では敵わないだろう。お尻の部分が鮮やかに青く輝く。

 ああ、どう見ても普通のマンドリルだ。

 いや、どう見ても普通のマンドリルではない。

 だって、ナミヘイには普通のマンドリルに付いているはずのない、猫耳が付いているのだ。チャトラの猫耳だ。あからさまにそこだけ色が違う。

 これは本当にマンドリルなのか?

 顔の形が同じだけの全く別の生き物ではないのか?

 そう思ったがどうやらこのナミヘイ、トモカとシンスケの子どもらしい。生まれた直後にトモカは育児放棄をしたらしく、育てたのは飼育員とのことだが。まあ、そりゃそうだろう。自分の産んだ子供に自分とは違う変な耳がついていたら育児も放棄したくなる。檻がわかれているのもおそらくトモカとシンスケがナミヘイをいじめるせいだろう。

 猫耳のついた変な猿。

 変な猿なのに、他の人間は微塵も気にしたそぶりを見せずただ横を通り過ぎていく。たまに立ち止まったとしても隣の、トモカとシンスケの檻の前だった。

 もしかしたらこいつは僕にしかみえていないのではないか、と思えるくらいに周りの人間はナミヘイを無視する。

 僕は誰も見ていないナミヘイを凝視する。

 ナミヘイと一瞬目が合う。

 ナミヘイは戸惑ったように僕を見つめ、そらから檻の中を少しウロウロと歩き回った。僕がナミヘイを見ていると、ナミヘイはもう一度こちらを見つめる。今度はそれなりに長い時間、目があっていた。

 ナミヘイが口を開く。

 やはり鳴き声はサルのものなのだろうか、と僕は思った。まあ、そうだろう。変な猫耳が付いているとは言っても、ナミヘイは猿ーーマンドリルなのだ。


「にゃーん」


 ナミヘイはそう鳴いた。

 僕は耳を疑う。


「にゃーん」


 もう一度、ナミヘイはそう鳴いた。

 僕は周りに猫がいないか、思わず見回したがそんなものはいなかった。「にゃーん」と言う鳴き声は確かにナミヘイから発せられていた。


「にゃーん」


 とナミヘイが僕に対して甘えたような鳴き声を出す。

 僕は急にこのナミヘイが気持ち悪くなった。なんでマンドリルなのに鳴き声が猫なんだ。ただでさえ猫耳が付いているような気持ち悪い見た目なのに。

 僕はナミヘイに背を向けた。早くここから立ち去りたかった。この奇形の異常な猿を目の前から消し去りたかった。


 僕の背中を見送って、ナミヘイが「にゃーん」と寂しそうに鳴いた。

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