エピローグ

 皆が集まるダイニングルームには、沢山の家庭料理が並べられていて、レイラに付き添われたアルバークがそこにやってくると、健闘を称える拍手が巻き起こる。

 そうやって暖かく迎えられたアルバークであったが、今の彼は随分老け込み、肌色も変わって土気色の肌をしている。

 しかし、その目には確かな光が灯っており、


「この度は、という前に。先ずは私を救ってくれた英雄に、改めて礼を述べたい。タルトちゃん、ありがとう。本当に、ありがとう」


 彼がそう感謝の言葉を述べると、また大きな拍手が巻き起こり、皆の視線の先にいたタルトはどう反応すれば良いのか分からず、視線を彷徨わせ、赤面し、そののち俯いた。


 そんな特別扱いするのはやめて欲しい。というのがその時の彼女の心の声で、そういうのはあの場にいた皆と、一緒くたにして言って欲しいとも思っていた。

 自分一人でやったことではなかったから。皆に知恵を借り、力を借りたのだ。


 何で自分だけ、と思っていたのは彼女だけだったようで、その後も礼やら褒め言葉やらを次々と浴びせられ、一段落すると、アルバークが後回しにした先ほどの言葉の続きを言い始め、終わると、彼は直ぐに態々足を運んでくれたこの街の領主であるノスレックに頭を下げ、礼を言っていた。


 この宴が始まる少し前、その領主がいないところで、「なんで野郎が」とぼそっと言っていたのは、マンモンだ。無論ヴィッセも、モニカも来ていた。


 勝手に一日過ぎてから迎えに来るものだと思っていたタルトは、予想よりもずっと早い彼らの来訪に驚いたものの、嬉しくもあった。

 聞いて欲しかったのだ。

 彼らがいなくなってから起きた、大変な出来事を。

 そこで、付き合いのあるミラドが投獄されてしまったことを知ったマンモンは、かなり動揺し、その詳細をアルバークに聞いていた。

 

 犯行に及んだグラーセル達は既に行方を晦ませており、しかし彼らを手引きしたと思われていたミラドは、逃亡することなく、しかも抵抗もせずに捕まったそうで、子攫いに関与していた可能性は低いそう。

 とはいえ、低いからと野放しに出来るものでもなく、どちらにせよ無罪放免となるものでもないそうで、賊を引き込み、町民を危険に晒した責任は取らされるとのこと。


 問題はその取らされ方。

「恐らくは――――」と、そこで言葉を止め、アルバークははっきり言わなかったが、口に出さなかったということは、重い罪である可能性が高く、追放で済めばよいが、極刑もあり得る。

 メイルは察していたが、タルトがそんなことを察するわけもなく、宴もたけなわ、家の外の段のところに腰掛け、持って来ていたヨハンを膝の上に乗せて、タルトは足をぷらぷらさせていた。


「ねぇ、ヨハン。魔女ってさ、やっぱり怖いね」

 

 ペンが走り、お前も魔女だろと返されて、自分で言ったことが可笑しくて、ふ、ふふっとタルトは笑う。


「そうだね。私も魔女だったね。恐ろしい魔法を使う、怖い魔女」


 誰がお前を怖がってるんだ。と書かれ、確かにそうだと思った。

 あんな恐ろしい魔法を使ったのに、誰も自分のことを怖がらない。

 本当に不思議だった。


「ならさ、私って魔女じゃないのかな。もしかして、お姫様?」


 馬鹿言うな、と呆れられてしまったが、そのあとに書かれた、


『タルトはタルトだろ』


 という言葉を見て、視線を上に向ける。

 夜が始まる前のような、瑠璃色から青藍に移り行く空で、雲が追いかけっこをしていた。

 それはここでしか見られない風景で、ここに来れて良かったと、本当に今は、幸せな気持ちでいっぱいで、あの頃が嘘のようで――――。

 肩にもたれ掛かって目を瞑り、少しの間、感慨に耽っていると、そうだったと、自分は生まれ変わり、新たな人生を歩み出したのだと、ふと、そう思い、また空を見上げ、一人呟く。 


「私はタルト。奈落で生まれたタルト。お姫様そっくりな、怖くない魔女のタルト」


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奈落のタルト 西翔蒼 @551llk

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