微笑

雀羅 凛(じゃくら りん)

プロローグ

「綺麗」

月影ヒカリは、月を見てそう呟いた。太陽に照らされた月は闇夜の中で月影を映す。

月影は補習があった日の放課後に、旧西館の非常階段の最上階で月を眺めるのが日課だった。

恍惚とした表情で、ただ月を眺めてから帰る。


旧西館は、山の麓にそびえ立ち、非常階段の周りは木々で生い茂っていた。後ろを振り向けば、吸い込まれそうなほど暗い山である。

月影にとって、月を見ている時だけ、この世界の価値を見出すことが出来た。更に言えば、この、非常階段というシチュエーションが良いのだ。錆びた鉄筋コンクリートの柵。普段日の当たりにくいこの場所は、苔も生え、無数の枯葉が落ちている。西館の外壁も少し剥がれおちて踊り場の隅に落ち葉と共に溜まっている。この廃れた場所で、美しい月を見るのが堪らない。授業や補習で疲れた体を癒してくれる。体の中にあるどす黒い何かがすーっと体から抜けていく。かわりに何か、いいもので満たされていく。浄化され、満足したら、月影は旧西館を後にした。

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微笑 雀羅 凛(じゃくら りん) @piaythepiano

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