第2話

「うう~……お風呂に入ったらお腹の文字が消えてしまいました」


 二十三時前、お風呂から上がった真理亜は泣きそうな顔で部屋に入ってきた。

 ネグリジェ姿でお腹を見せてくるのは止めて欲しいが、確かに『俺専用の生枕』の文字は消えている。

 水性ペンで書いたからお風呂に入れば消えるのだが、真理亜にとっては嫌なのだろう。


「そりゃあ消えるわな」


 流石に女の子の身体に油性ペンで文字を書くわけがない。

 和樹たちが通っている高校には水泳の授業はないが、体育の着替えで他の女子に見られる可能性があるから消える水性ペンで書いた。

 女の子の身体に文字を書いたから自分でクズだと思ったが。


「また書いてください」

「正気か?」

「はい。私は和樹くん専用の生枕なので、書いてもらわないと困ります」


 どうやら真理亜は身体に文字を書かれて自分は和樹のものだ、と実感を持つことに快感を覚えてしまったらしい。

 好きな人のものになりたいヤンデレ体質のようで、これから真理亜はずっと側にいようとするだろう。


「まあ、明日も学校が休みだからいいけど」


 ゴールデンウィークは明日までなので、書いたところで他の人に見られる心配はない。

 和樹は水性ペンを持ち、昼に書いたのと同じ文字を真理亜のお腹に書いていく。

 お腹が少し敏感らしく、ペンの動きに合わせて「ひゃあ……やん……」と可愛らしい甘い声を出す。


「書き終わったぞ」


 ペンを離し、自分が書いた文字を確認する。

 女の子のお腹に『俺専用の生枕』と書くなんてクズだと思わずにいられないが、今回は望まれて書いたから仕方あるまい。

 自分で書いておいて何だが、生枕は生々しいように思える。


「これで私は和樹くん専用の生枕です。和樹くんが安眠出来るように頑張りますね」


 何を頑張る必要があるのか、と思いつつも、和樹は真理亜のお腹とさらに下の部分を見てしまう。

 今さら幼馴染みの白い布をただ見ただけで興奮を覚えるわけではないが、どうしても視界に入れたくなる。

 ビキニと同じ露出度のはずなのに、こちらの方を見てしまうのは不思議だ。

 視線に気づいた真理亜は、恥ずかしそうに頬を赤く染めながらも、嬉しそうに口元を緩めた。


「えへへ。見たいならいつでも見ていいですからね」


 好きな人になら見られても問題ないようで、真理亜はネグリジェの裾を下げようとしない。

 むしろもっと見てほしい、と足を開いてアピールしている。


「ベッドに入ろう」


 もうそろそろ寝る時間のため、和樹は真理亜の肩を抱く。

 お風呂上がりだからか凄い甘い匂いが鼻腔をくすぐる感覚を覚えながらも、嬉しそうに笑みを浮かべながら「はい」と頷いた真理亜と一緒にベッドに入る。

 二人揃って同じベッドで寝るのは小学生以来だからか、真理亜は幸せそうに目を細めて和樹の腕に抱かれた。


(抱き枕より真理亜の方がいいかも)


 抱き締めたばかりの抱き枕は感触が冷たいが、人間の抱き枕だと最初から温かくてしかも抱き枕とは違った柔らかさがある。

 さらには抱き枕にはない非常に柔らかい部分が当たってるため、このままでは真理亜の術中にハマってもおかしくないほどだ。

 惚れたら惚れたで告白するだけであり、真理亜は喜んで付き合ってくれるだろう。


「ふふ。嬉しそうですね」


 どうやら自然と口元が緩んでしまったようで、それを見た真理亜の口元も緩む。


「そうだな。これからは毎日真理亜を抱き枕にして寝ようかな」

「喜んで」


 即答だった。

 銀髪、赤い瞳のせいで小学校の時は周りから悪魔と呼ばれていた真理亜にとって、ずっと一緒にいてくれた和樹のことを好きになってもおかしくはないだろう。

 物心ついた時から一緒にいたため、和樹は真理亜の髪や瞳の色は気にならない。

 むしろ何で周りが悪魔と呼ぶのか不思議に思っていた。

 高校生になった今では周りは真理亜の容姿に理解を示しているようで、悪魔ではなくて逆の天使と呼ぶ人もいるようだが。

 告白をしなくても彼女に好意を抱いている人は結構いるだろう。


「私を抱き締めて眠れそうですか?」

「寝れそう。いい感じに温まってきてるし」


 さらに自分の身体を温めるために、和樹は力を入れて真理亜を抱き締める。

 最初は抱き枕を捨てられて怒ってしまったが、結果的には良かったかもしれない。

 幼馴染みというなあなあな関係が続くより、もっと深い関係になれるきっかけを作ってくれたのだから。

 このままいけば真理亜を異性として見れる日も遠くないだろう。


「好きになれるようにするから、今はこれで我慢してね」

「あ……」


 真理亜の前髪を手で退かし、和樹は彼女のおでこにキスをした。

 流石に付き合ってもいないのに口にするわけにもいかず、今はおでこで我慢してもらう。


「あ、あ、あ……」


 あまりの嬉しさからか、真理亜は淡紅色の瞳から涙を流す。

 まさか泣かれるなんて思っていなかったが、それほどまでに嬉しいことなのだろう。


「私は……今までで、一番の幸せを味わえてます」


 涙を流しているものの、真理亜の顔はとても嬉しそうだ。


「もう寝るよ」


 ベッドの隅に置かれているリモコンを手に取って電気を消す。


「はい。おやすみなさい」


 泣かれてこちらがいたたまれない気持ちになってしまい、和樹は寝るために瞼を閉じた。

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幼馴染みに俺専用の生枕と書いたら離れないヤンデレになった しゆの @shiyuno

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