幼馴染みに俺専用の生枕と書いたら離れないヤンデレになった

しゆの

第1話

「まさかお腹に『俺専用の生枕』て書かれるとは思ってもいませんでした」


 手にペンを持っている宮下和樹みやしたかずきは、頬を赤く染めている白いブラウスの裾を捲り上げて下腹部を見せている少女──五十嵐真理亜いがらしまりあを見下ろしている。

 物心ついた時から一緒にいる同じ歳の幼馴染みの関係で、放課後や休日はどちらかの部屋で過ごしたり一緒に寝ることがあるくらいに仲がいい。

 真理亜があることをしたため、和樹はお仕置きで彼女のおへその下……つまりは下腹部に『俺(宮下和樹)専用の生枕』と書いたのだ。

 同人誌に出てくるような展開かもしれないが、書かれても仕方ないくらいに真理亜は和樹の怒りを刺激してしまった。

 きちんと水性ペンで書いたので、お風呂に入ればすぐに落ちるだろう。

 抱き枕じゃなくて生枕なのは人間を抱き枕代わりにするからだ。


「真理亜が俺の抱き枕を捨てたからだろうが」


 自分でもこめかみに青筋が立っているのを感じる。

 人の物を勝手に捨てたのだし、怒られても仕方ないことだろう。

 特に真理亜は和樹の一番大事にしている抱き枕を捨ててしまったために『俺専用の生枕』と書かれたのだ。

 和樹が漫画を買いに本屋に行っている間に捨てたらしく、ゴミ捨て場にはカッターで切り刻まれた無残な抱き枕があった。

 ゴミ捨て場は小さな倉庫のような建物の中なので、どの時間でも出すことが可能だ。


「だって……和樹くんが全然構ってくれないんですもん」


 淡紅色の瞳に少しの涙を貯めてこちらを見つめてくる。

 どうやら嫉妬心から捨ててしまったらしく、抱き枕ばっか抱き締めている和樹に我慢出来なくなったようだ。


「構ってくれないって……俺たちは付き合っているわけじゃないし、俺が抱き枕を好きなのを知っているだろ」


 あくまでも幼馴染みの関係なだけで彼氏彼女ではなく、ただいつも一緒にいるだけだ。

 和樹は毎日抱き枕を抱き締めて寝るくらいに好きで、ベッドには常に置いてある。

 今は捨てられてしまってないが、置いてないことに違和感を覚えてしまうほどだ。

 バイトをしていない高校二年生に抱き枕を何個も買う余裕がないため、ストックを用意していない。

 そもそも抱き枕なんてそう簡単に壊れる物ではないので、いちいち予備を買う必要がなかった。

 だから新しい抱き枕を買うまでの数日間、真理亜を抱き枕代わりにさせてもらう。


「和樹くんは意地悪です。私の気持ちを知っているくせに……」


 確かに真理亜の気持ちは知っているが、自分の気持ちに嘘をついてまで付き合いたいとは思っていない。

 いくら学校一の美少女に好意を持たれていようとも、それだけで付き合えるわけがないのだ。

 きちんと手入れされているであろう腰下まで伸びている白に近い銀髪は綺麗で、ルビーのような宝石を思わせる美しい瞳、陶磁器のような白い肌は学校一の美少女と言われるに相応しいだろう。

 アルビノという生まれつき色素が薄いから珍しい見た目だが、彼女以上に美しい人を和樹は知らない。

 あまりにも神秘的過ぎて一部の男子からは神聖視されているらしく、ただ彼女を遠目から見ているだけの非公式ファンクラブがある。

 そんな真理亜に好意を持たれているのだし、男子からしたら和樹のポジションは喉から手が出るくらいに羨ましい状況だろう。

 幼馴染みとして一緒にいる内に好意を持たれたと考えるのが普通だ。


「知ってるよ。だからこそ中途半端な気持ちで付き合うわけにはいかない」


 部屋に入れるほどの好意はあるが、親同士も知り合いで兄妹のように育ったからあまり異性として見ていない。

 そのことを知っているからか、真理亜は異性として意識してもらうために部屋では太ももが見えるミニスカートを着ているのだろう。

 アルビノは太陽光に敏感のために外では肌の露出はほとんど出来ないが、家では気にせずに露出することが可能だ。

 五月のゴールデンウィークになって気温が上がってきているのも露出が多くなってきている原因だろう。


「ほらそろそろしまって」


 未だに下腹部が見えているので、和樹は座布団に座っている真理亜に近寄って服を下ろす。

 いくら暖かくなってきているとはいえ、あまり女の子がお腹を出していいものではない。


「和樹くんはやっぱり優しいですね」


 幼馴染みの優しさに触れたからか、真理亜は嬉しそうに目を細める。

 異性として見れないとはいえ、大切な幼馴染みであることには変わらないのだ。

 それに好意を持たれていると分かっていなかったら、いくらなんでも彼女の下腹部に『俺専用の生枕』なんて書くわけがない。

 せいぜい弁償してもらう程度だ。

 お気に入りの抱き枕を捨てられたのは怒っているが、今思えば真理亜の展開通りなのかもしれない。

 抱き枕を抱き締めて寝る和樹にとってはないと落ち着かないので、捨ててしまえば自分を抱き枕代わりにしてくれるのではないか? と真理亜は思ったのだろう。

 そして異性として意識してもらいたい、そんなことを考えていそうだった。

 別に抱き枕を捨てなくても、お願いされたら一緒に寝たのだが。

 今は両親が海外出張で家にいないため、思春期の男女が一緒に寝ても何も言われることはない。


「私はこれから和樹くんの抱き枕として生きてけばいいんですね」


 あくまで今は……ということだろう。

 お腹に書かれた文字については怒っていないらしく、むしろ書かれて嬉しそうだ。

 流石にお腹に書かれるとは思ってもいなかっただろうが、書かれたことにより自分は和樹のもの、と実感しているのかもしれない。

 隣に座った和樹の肩にコテン、と頭を乗せた真理亜は、嬉しそうに瞼を閉じた。

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