第10話「Two with her」


「When will she wake up?」(和訳:彼女はいつ目覚めるの?)



手術が終わり、病室に彼女が運ばれてきた。


だけど、彼女はまだ寝ているようなので、未だに慣れない英語で看護師に尋ねてみる。


すると看護師は、一瞬こちらに目線を向けるも、すぐに彼女の方に戻してしまう。


輸送用のベッドから病室のベッドに彼女の身を移し替えて、その作業が終わると、看護師の一人が僕の目の前に立って言う。



「Soon」



確か、"すぐに"という意味を持つ単語。



「How soon?」(和訳:すぐっていつ?)


「Dunno」(和訳:知らん)



そんなの分かるはずがないと言わんばかりの反応だった。


そしてもう一言。



「Come later」(和訳:あとでくる)



看護師はそう言い残し、退室してしまった。


彼女の母親も今は仮眠をとっていて不在だ。


話し相手もいなく、僕は彼女の寝顔を眺めているしかなかった。


だけど、その時間は案外退屈しなかった。


眺めているのが彼女だからなのか、それとも単純に、その時間が短かったのか。


何がともあれ・・・。



「お、おはよう・・・?」



彼女は、不思議そうな顔をして目覚めた。



「おはよう」



彼女の言葉に、僕がこたえる。


すると、彼女はホッとしたような笑みを浮かべて、また瞼(まぶた)を閉じる。


眠りについたのかと思えば、気持ちよさそうに深呼吸して。



「はぁ。私、生きてるんだ」



そう口にした。



「手術は終わったよ。手術が本当の意味で成功したのか失敗したのかは分からないけどね」



本当の意味で、というのは、この手術で彼女の寿命は伸びたのか否かということだ。



「私がここで目覚めているということは、きっと成功なのよ。なんだか身体が軽い」



その後、彼女は順調に回復していった。


そして彼女は、無事に退院することができた。


すぐに帰国しても良かったのだが、せっかくヨーロッパにいるのだから、少しは楽しもうということになり、どうにかこうにかして帰国の日程を変更した。


観光するのは今まで滞在していたボルドーの街。


僕は散々散歩と題してこの街を歩き回っているが、彼女と一緒に歩くボルドーの街は、一人で歩いている時のそれとは全く違うものに見えた。


もちろん彼女と歩く方が何倍にも楽しい。


そしてその夜、彼女が入院していた時に僕が泊まっていたホテルで、以前に買ったワインを飲んだ。


退院祝いといったところだろうか。


ワインは、調べたところボルドー産のもので、シャトー・ド・ブレイザックと呼ばれる赤ワインらしい。


お店の人に勧められて買ったものだ。


味の良し悪しは、初めて飲んだ僕にはよく分からなかった。


でも、ワインを愛する人と飲むのは、なんだか大人な気分がするよ。



「ありがとね。私のこと、助けてくれて」


「どうしたんだ? いきなり」


「えへへ。今こうやって生きていられるのも、君のおかげなんだから」


「そんな大層なことじゃないよ」


「それでもありがと。愛してるよ」



やっぱり、そう言われると照れるな。


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君の面影 有栖川 天子 @yozakurareise

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