第9話「Two with her」


ヨーロッパの街並みを、僕はただひたすらに走っている。


周りからは、街を走っている東洋人ということで、明らかに目立っている。


だが、今は周りの目を気にしてはいられない。


息を切らしながら病院に駆け込んで、看護師に彼女の居場所を尋ねる。


看護師によれば、彼女はまだ手術室らしい。


麻酔の効果が切れるまではまだ一時間ほどかかるらしいが、一つだけ明らかになったことがある。



「Succeeded!」



看護師が、笑顔で言う。


和訳すると「成功した」という意味の単語、Succeeded を発音した。


彼女は助かった。


それだけは、はっきりとわかった。



「Thank you」



お礼を言って、彼女がやってくるであろう病室へ向かい、そこで待機する。


遅れて彼女の母親も到着して、僕の口から彼女の手術が成功した旨を伝えた。


それを聞いた彼女の母親は、心底ホッとした表情を浮かべ。



「娘のためにここの病院を見つけてくださり、それ以外にも何から何まで、本当にありがとうございました」



深々と頭を下げられた。



「いやいや、僕はそんな大層なことをしたわけじゃありませんよ」


「そんなことはありません。今回のこともそうですし、同世代の子とほとんど関わりがなかった娘が、あなただけには心を許して、毎日楽しそうに家を出て行く。親としては、これがどれだけ救いになったことか」



僕は彼女のことを愛していた。


だけど、彼女はどうなのだろう。そんなことを、前々からたまに考えていた。


僕は彼女にとって、一緒にいて幸せな存在なのだろうか。


僕は彼女にとって、一緒にいて楽しい存在なのだろうか。


僕は彼女にとって・・・。



「彼女は僕のこと、何か言ってませんでした?」



僕は臆病で卑怯だ。


彼女の親にそんなことを聞いて、事実確認をする。


彼女のことを信用していない、何よりの証拠じゃないか。



「娘は、私のことを愛してくれた人。そう言っていました。あなたにあの子がどんな風に見えてるのかは分かりませんが、少なくとも、娘はあなたと一緒にいる時間がすごく楽しそうでした。嬉しい反面、親としては少し寂しい気もしますけどね」



そう言って、彼女の母親は少し微笑んだ。


そうかと思えば、座っていた椅子から立ちあがり、病室の出口の方まで無言で歩く。

扉を開けようと手を差し出したタイミングで、僕に言った。



「時差ボケですかね。眠いので、少し仮眠をとってきます。もし娘がこの病室にやってきたら、その時はよろしくお願いします」



扉をそっと開けると、重々しい足を引きずるように病室から去っていった。

一人になった僕は、窓の外をボーッと眺めて思う。


優しいお母さんなんだな・・・と。


この人がいたからこそ、優しい彼女が育ったのだろうと、そんなことを勝手に想像してしまう。



「Excuse me. May I come in?」



彼女の母親が退室してから十分ほど、看護師が病室の扉をノックをして、英語で問いかけてくる。


日本語で言うところの、部屋に入るときに言う「失礼します」的な文章だ。



「OK」



僕がそう言うと、数人がかりでベッドが運び込まれてきた。


ベッドの上には、弱々しく寝ている彼女の姿が・・・。



「When will she wake up?」(和訳:彼女はいつ目覚めるの?)



彼女はまだ寝ているようなので、未だに慣れない英語で看護師に尋ねてみる。


すると看護師は、一瞬こちらに目線を向けるも、すぐに彼女の方に戻してしまう。


輸送用のベッドから病室のベッドに彼女の身を移し替えて、その作業が終わると、看護師の一人が僕の目の前に立って言う・・・。


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